愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

トウモロコシと空とアイドル

この間の『水球ヤンキース』でゆうとりんがトウモロコシを食べている場面があったけど、アイドルとトウモロコシの印象的なコラボと言えばなっちの初ソロ曲「トウモロコシと空と風」で、前々からジャンプをモーニング娘。に例えるなら、ゆうとりんはなっちで山田くんはごっちんだと思っていたんだけど、やっぱりゆうとりんはなっちだったんだ!!と確信したシーンであった。
トウモロコシは「かぶりつく」という原始的かつ無防備な食べ方を求められる食べ物であり、それをもってしてもなお圧倒的なアイドル性を放っているなっちとゆうとりんは、たとえ後からやってきた圧倒的エースにセンターの座を奪われたとしても、今まで築いていた地位は決して揺らぐことはなく、そのユニットのスタンダードであり続けるのである。


ごっちん、結婚おめでとう!!

アルバム『smart』に見る「いき」の構造〜芸術は長く人生は知念様〜

お久しぶりです。皆さんお元気ですか?私はまた入院して手術を受けたりしていましたが、退院したので元気です。そんなこんなで聴けなかったアルバムをようやく聴くことができました。今までのアルバムはタイトルからして「ジャンプがみんなで一生懸命考えました!」感が漂いまくっていて、中身も小学校の文集のごとくメンバーの手作り感覚に溢れていて、それはそれでいいところもたくさんあったのですが、メンバーみんながそこそこポテンシャルがあって文句もあまり言わないいい子ちゃんなところに付けこまれて事務所にネグレクトされているような感じもして、なんとなく歯がゆい思いをすることも正直ありました。しかし、サードアルバムは「smart」というタイトルからしてきちんとプロデュースされている雰囲気があり、先日のドームコンの完成度の高さも相まってかなり期待をしていました。


まず通常盤初回プレスのCDを開封、クレジットにメンバー作詞が多かったので「これはまた文集的アルバムか?」と危ぶんだりもしたのですが、イントロダクションでアルバム全体の方向性を最初に印象付けて、その流れのまま『FOREVER』になだれ込み、そこからジャンプらしいポップでハッピーな『Ready Go』に切り替わって、そのままカモナで上がったところで、『切なさ、ひきかえに』で一旦しっとりさせて、山田くんのメガトン級に重い『Candle』でぐっしょりしたところで軽めの『パステル』が来て、なんか色々あって疲れたなぁってところでゆうとりんのドラムソロで箸やすめして、ドラムソロの流れからバンドナンバーの『コンパスローズ』となり、未来を指標する歌詞から繋がって『Ride With Me』、そこからRWMと同系統かつジャンプとしてはちょっと実験的な『Come back...?』(どうでもいいけど光のラップはいつになったら韻を踏むようになるんだろう?踏まないことがこだわりなのかな?)『RELOAD』が置かれて、終盤ということでコンサートで歌う光景がもはや目に浮かぶようなバラード『はじまりのメロディ』が始まり、最後にOPと呼応するような壮大なイントロの『AinoArika』で統一感を持たせつつ明るくジャンプらしく締める、というまとまりのあるアルバムに仕上がっていました。


一文が長くなりましたが、切るのが勿体ないくらいこのアルバムにはきちんとした流れがあるんです。このままコンサートにしてもいいくらいです。ファーストアルバム『JUMP NO.1』が出た時はその統一感のなさと手作り感と寄せ集め感に対して「おもしれーなぁ」と呑気に思っていました。その粗削りさも若さの魅力で、売れていないからこその自由を感じていました。セカンドアルバムの『JUMP WORLD』を聴いて、曲単体を見れば好きな曲も結構あったんですが、前回のアルバムから何も変わっていない手作り文集みたいな雰囲気に少し危機感を覚えました。コンサートにアルバムを意識した構成がまったく見られないのも気になりました。彼らにとってはアルバムの曲をやるというより、コンサートでやる曲がアルバムになったという感覚だったのかもしれません。そのせいかアルバムツアーをするという自我も生まれず、箱庭のようなコンサート会場でキャッキャとしているジャンプたちの小さな世界はまさに『JUMP WORLD』というにふさわしく、あまり良いものではないんじゃないかと思っていました。

例えばセクゾンのアルバムはファーストアルバムからきちんと統一感があり、『Sexy Second』ではより洗練されていて、きちんとプロデュースされていることがうかがえました。そんなアルバムをジャンプも出して欲しいといつしか願うようになっていたのですが、ようやくその願いが叶って本当に嬉しいです。


そんな感動も冷めやらぬまま、なんとなく通常盤の歌詞カードの裏を見てみたら「Art is long, life is smart」と書いてあって、これは言うまでもなく「Art is long, life is short(芸術は長し人生は短し)」という格言をもじったものなんでしょうが、このもじりがうまいかどうかは別として「きちんとした教養のある人が制作に携わってくださってる……!!」といたく感動してしまいました。そこから他の歌詞カードにはなんて書いてあるんだろうと思って開封していったら、初回盤1は「Sing a song for you!」、初回盤2は「3,2,1,here we go!」となっていて、通常盤の「Art is long, life is smart」までの頭文字を並べると「s3art」になることに気付き、「すごい凝ってる……!!ありがとうございます!!!!」と感激し、どこの誰にとも知れず泣きながらお礼を言いたくなりました。こんなの別にやらなくたっていいわけです。誰が気付くかも分からないわけです(私が知らないだけで、どこかで公開されているのかもしれないですが)。そんな細かい気遣いをしてくれているこの「smart」というアルバムに日本古来の「いき」の精神を感じ、感動のあまり思わず九鬼周造の『「いき」の構造』を読み返しました。

要するに「いき」とは、わが国の文化を特色附けている道徳的理想主義と宗教的非現実性との形相因によって、質料因たる媚態が自己の存在実現を完成したものであるということができる。したがって「いき」は無上の権威を恣にし、至大の魅力を振るうのである。

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

「いき」の構造 他二篇 (岩波文庫)

道徳的理想主義とは「意気地」、宗教的非現実性とは「諦め」のことです。全種類買うという「意気地」、気付かれなくても構わないという「諦め」、その二つを前提に歌詞カードの裏に「smart」という言葉を隠しているこのアルバムこそ「媚態が自己の存在実現を完成したもの」、つまり「いき」そのものではないでしょうか。


そこに思い至り、改めてこのアルバムは私の中で至大の魅力を振るうものとなりました。そんなアルバムを引っ提げた全国ツアー、愚民はとても楽しみにしています。


smart【初回限定盤1】(DVD付)

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smart【初回限定盤2】(DVD付)

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smart【通常盤/初回プレス仕様】

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かっこよかった知念様楽曲大賞ベスト15

知念様がいつでも世界一かっこいいのはこの世の摂理なのですが、特に「ヒィィィ知念様かっこいいいいィィィィーーーー!!知念様のダンスは世界一ィィィィィィーーーーーー!!!!」と心の窓から叫んでしまうような血沸き肉躍る曲が誰しもありますよね。知念様ハタチを記念して、勝手に「かっこよかった知念様楽曲大賞」を開催することにしました。投票者は私一人です。あくまで「かっこいい」知念様限定なので、かわいさが脳天を直撃した曲はあえて選んでおりません。また、私が知念様を好きになったのが2009年という新参野郎なので、それ以降の曲ばかりです。なぜベスト15なのかというと、なんとなく選んでいたらちょうど15曲だったからです。あと、分かりやすいように勝手にコンサートや舞台名のラストに西暦を入れています。もともと入っているものが多いんですけどね。


それでは15位からいきましょう!

  • 15位「アジアの夜」(Hey!Say!JUMP TENGOKU DOME 何が起るかわからない!?東京ドーム2009)

私は世界中の人が「アジアの夜」なんて飽きたと言っても山田くんには呪いのように一生「アジアの夜」を踊り続けて欲しいくらい「アジアの夜」が好きなんですけど(色んな人に迷惑)、そんな「アジアの夜」に天国コンのドーム公演の時だけ、バックに知念様ともったんが付いたんですよ!個人的に「悪魔のジョーカー」のところの振付が大好きで、そのダンスを知念様が天国コンのコスプレ鞭貴公子衣装(今まで見た全衣装の中で一番好き)で踊る様はまさに舞い降りた天使の羽根!!魅惑の恋に溺れ切った天国コンラストとなったのでした。曲とは関係ないけど、最後にメンバーみんなボロボロ泣いちゃったのも印象深かったです。

  • 14位「Born in the Earth」(Hey! Say! JUMP全国へJUMPツアー2013)

ボインジはもはやコンサートの定番曲で、サビはかっこよさとかわいさが入り混じった超素敵なコテコテジャニーズダンスなんですが、2012年の新年コンと先日終わった全国ツアーくらいでしか踊っていないんですよね。というか、外周曲だったので全国ツアーでもちゃんと踊っていたのは知念様くらいだったんですけど、ちゃんと踊らなくて良い時もきちんと踊る知念様のダンスへの真摯な態度と垣間見える不器用さが超絶かっこよかったので、この曲を選びました。時々銀テが指に絡まって、そのまま銀テをつかみ南ちゃんのごとくひらひらさせて踊る姿が見られると、茶柱が立った時のような喜びをおぼえたものでした。

  • 13位「Time」(Hey!Say!JUMP New year Concert 2012)

この曲も色んなコンサートでやっていて、サマリー2010で初披露した時のちょっと和っぽいテイストも好きだったんですが、2012年の新年コンでの衣装を徐々にジュニアに(結構強引に)脱がされていき、最後には自分でジッパーを下ろして衣装を脱ぎ捨てるという演出があまりにもエロくて素晴らしかったので、その時の「Time」を一番にします。ジャンプのコンサートの演出が良いと思うことはあまりないんだけど、これはすごく良かった!!ワールドツアーの京セラバージョンの「Time」もKCすぎて大好きでした。「二人だけのパーティー」でピースする知念様と、「二人はもう戻らない」でチョキチョキする知念様が好きなんですが、単に私は知念様のピースのサインが好きすぎるだけなのかもしれません。

  • 12位「情熱JUMP」(Hey! Say! サマーコンサート’09 JUMP天国)

とにかく「完璧じゃないから」で小首をかしげる知念様が完璧にかわいすぎる!!歌詞を完全に無視している!!そんなかわいさで100%武装している知念様がすげーかっこいいんです!!しかし、小首をかしげるのはこの時以降あまりやらなくなってしまったので、天国コンの「情熱JUMP」を選びました。それにしても10人の悟空が冒険するから天国(TEN GOKU)コンって、いま考えても意味不明ですごいネーミングすぎる!!ジャニーが付けたに違いないですな。

  • 11位「FIRE BEAT」(Hey!Say!JUMP&勇気100%全国ツアー2011・横浜アリーナ

勇気コンはジャンプ至上最高のコンサートとして有名ですが(私の中で)、横浜だけゲスト満載なお祭りコンサートになってしまったんですよね。関西と中継をつないだりとなかなかカオスだったんですが、おかげで知念様のファイヤビが見られる超貴重な公演となりました。ジャンプの腰回し解禁は「僕はVampire」だと思われがちですが、実はファイヤビで一足先に大人の階段を登っていたんですよね。知念様は腰回しはもちろん、膝立ちになって腰を突きあげるところ(通称藤ヶ谷祭り)まできちんとやっていらして、野性味の中にも気品溢れる知念様の腰突きを拝見して、初めてファイヤビをかっこいい曲として認識しました(ごめんなさい。だって本家は藤ヶ谷祭りがすごすぎて……)。

  • 10位「真夜中のシャドーボーイ」(不滅の10日間ライブ KAT-TUN TOKYO DOME 2009・5/16公演)

カツンコンなんですが、毎日ジャンプが日替わりゲスト出演をしてソロでシャドボを歌うという超貴重なコーナーが開催されておりまして、5/16は知念様がお一人でいらした日だったんですよね。ジュニアを従えて一人で踊る姿がすごくかっこよかった!!好きになったばかりだったのと、そもそも知念様がみられると思っていなかったことで、すごく印象に残っています。「シャドー…」の言い方がちょっと戸惑い混じりだったのもよかったです。しかし、ワンコインになったりもしていたけれど、10日間アリーナも含めて埋めていたこの頃のカツンってほんとすごかったんですね。

  • 9位「Romeo&Juliet」(Hey!Say!JUMP WINTER CONCERT 2009-2010)

今ではすっかりダブルアンコの定番曲となりましたが、初めて披露された時は「ジャンプがロミオ、ヲタがジュリエット」という斬新すぎるコンセプト、それなりに成長したジャンプがやるには最早無理のあるぶりっ子すぎる振付、ユニ○ロで揃いそうな全身真っ白衣装、貧乏臭すぎる軍手等々が大きな波紋を呼んだ超問題曲でした。しかし、「かわいい曲といったら僕のターン!!」とばかりにセンターに抜擢され、完璧に曲の世界観を再現しきった知念様がすんげーーーかっこよかったのです!!春コンの衣装も狂っていたんですが、やはり初めて見た時の衝撃がすさまじかったので冬コンの方で。みんなハタチになったことだし、あえていま当時の衣装と振付で歌ってみて欲しいです。そしたら、私も赤い軍手(当時のグッズ)を付けてかけつけます!!

  • 8位「ギンギラギンにさりげなく」(美空ひばりメモリアルコンサート「だいじょうぶ、日本!」空から見守る愛の歌〜2011)

2011年になぜかこういうイベントに出たんですよね。結構苦行のような時間も多かった分、マッチバックについて一列になって登場するジャンプ、そして先頭で踊る知念様が超絶かっこよかった!!私は知念様の膝立ちが好きなのでプレゾンバージョンの振付だったのもすごいよかった!!知念様は一度はトラヴィス振付のプレゾンに出るべきです!!

  • 7位「アンダルシアに憧れて」(Hey!Say!JUMP ASIA FIRST TOUR 2012 IN HK)

アンダルシアはカウコンでもやっていますが、カウコンだとあくまで先輩がメインディッシュ、知念様がどんなに芳醇なかおりをはなっていても付け合わせにすぎません。しかし、香港のアンダルシアがジャンプ(選抜だったけど)がメインで本当〜〜〜〜〜〜〜〜〜にかっこよかった。この一曲のために香港まで行った甲斐があった。曲本編ももちろん素晴らしかったんですが、最初のソロダンスがとにかくかっこよかった!塚ちゃんとの台宙も良かった。ソロは知念様が振付を考えたとおっしゃっていましたが、知念様にはもっとそちらの才能を伸ばしていただきたい!!

  • 6位「Just wanna lovin' you」(Hey!Say!JUMP WINTER CONCERT 2009-2010)

アンダルシアとジャスワナ、どちらを上にするか悩んだんですけど、アンダルシアはまた見る機会があるだろうけど、ジャスワナはもうないと思うのでジャスワナで。ヤヤヤがジュニアにいた時代にチビジュが好きだった人間にとって、ジャスワナバックに付くことって結構特別なことで、当時は自担にバックについて欲しい曲としてジャスワナを上げるジュニアファンも多かったんですよね(id:ariyoshi:20000105:b参照。なぜかヤヤヤ楽曲大賞とかやってた)。まさか生で知念様のジャスワナが見られる日がくるなんて思ってもいなくて、初めて見た時は本当に感激しました。ただ、初日は山田くんやもったん(二人ともジュニア時代に踊りこんでいる)が完璧だったのに対して知念様だけ踊れていなかったんですよね。それを見て知念様の歴史の浅さに涙して、けれども次の日完璧に仕上げてきた知念様があまりにもかっこよくて、前日の分も含めて「かっこいいィィィィィーーーー!!!」となった思い出深い曲です。

  • 5位「Beat Line」(SUMMARY2011)

初めてビトラを見た時の「こんなにかっこいいことをこの子たちができるなんて!!」という衝撃がすさまじかった。ちょうどもったん事件があってから初めて9人での表舞台で、今まで以上に団結しないといけないという気持ちがあったと思うんですが、その決意がこの曲に表れている気がしました。今でもビトラは人気曲で目にする機会も多いですが、初めて踊った時の緊張感は今とは全然違います。当時の少クラを持っている方は騙されたと思って見てみて下さい。基本的にいつでも知念様を双眼鏡でロックオンしているんですが、この時だけは双眼鏡を使わず姿勢を正して全体を見ていました。知念様単体ではなく、集団の中で踊る知念様を見たかった。本気で踊る知念様を見たのはこれが初めてだったような気がします。本当にサマリー2011は楽しかった。

  • 4位「NYC」(2009年7月12日放送「スクール革命」)

「NYC」と言えば「なんで『Kiss me baby』というフレーズは3回歌われるにも関わらず知念様パートがないのか」ということがしばしば議論になりますが(私の中で)、そんな不満を持っていた人間がなんと日テレにもいたらしく、満を持して2009年7月12日に「スクール革命」内で披露されたのが「NYC〜知念様バージョン〜」です!!山田くんと一緒に歌うのになぜか知念様がメインという問題作で、知念様自身、相当気合が入っており「ラーブラーブラブエンピース(ばちん☆ミ)」「ニューヨークシーティーボーイズ(ばちん☆ミ)」とイントロで苦手なはずのウインクを惜しみなくぶちかまして下さいます。いつも甘えん坊な知念様ですが、この時ばかりは山田くんを見つめる視線に聖母マリアのような慈愛がこもっていました。色んなNYCを見ましたが、知念様的ベストアクトはこの回をおいてありません。

  • 3位「You(裕)&You(侑)」(Hey! Say! サマーコンサート’09 JUMP天国)

曲・衣装・ダンス・演出のすべてが素晴らしかった!!1番をゆうとりん、2番を知念様がそれぞれの特技を生かしつつ別々に歌い踊り、二人がそれぞれムビステに乗ってセンターで合流するまでの流れが本当に素晴らしかった!!知念様をお姫様だっこするゆうとりんという図も素晴らしかった!!何もかも素晴らしかった記憶しかない!!!YYについてはあまり語ったことがないんですけど、YYを見ていると何もかもが浄化されて清らかになれるような気がするんですよね。最後の審判の前に天使が吹くラッパをジャニーズで体現したらこの曲になるんだと思います。

  • 2位「Where my heart belongs」(JOHNNYS' World2012-2013)

これについては言葉で語るなんてもはや冒涜です。ただ見て、知念様の一挙手一投足の美しさに酔いしれていただきたい。知念様の美しさと繊細さと力強さが何もかも表されています。派閥とかどうでもいいけど、ジャニワの帝劇バージョンのDVDが出なかったことは一生恨みます。

  • 1位「おおきくな〜れ☆ボク!!」(Hey!Say!7 2009 Spring Concert「Hey!Say!MONKY」)

やっぱりこの曲が一位なんです。この曲がなかったら私は今でも知念様のことを知らないままだった気がしますし、好きになっていたとしてももっと違うアプローチの仕方になっていたと思います。知念様について迷った時、今でも初めて知念様について書いたことを自分で読み返します(id:ariyoshi:20090323:1237820189)。初めて見た時の今までの価値観がすべて覆されるような衝撃は一生忘れないと思います。本当に本当にかっこよかった。知念様がこの曲を作って下さって、本当に良かったです。もしも願いが叶うなら、今から2009年に行ってセブンコンを全ステしたい。この頃、まったくジャンプに興味なかったのにこのコンサートはすっごく楽しかった。そういえばツアータイトルの「MONKY」というのはセブンの頭文字で「Mは森本、Oは岡本、Nは中島、ん?K?圭人?あれ?最後は山田?あれ知念は?Yが山田とゆうりを兼ねてるの?」と思う方もいると思うんですが、なんとセブンの「7」と知念の「c」を足して無理矢理「K」にしていたんです。また一つ、どうでもいい知識が増えましたね。


私の中ではこんな結果になりました。シングル曲がほとんどないのは、あまりにも毎回聞きすぎて新鮮にかっこいいと思えなくなっているからなんでしょう。カモナやマジパは大好きだけど、あれはかわいいなので泣く泣くカット。あくまでも「かっこよかった知念様楽曲大賞」なので、単純に曲だけで順位をつけたら全然違うものになると思います。
最後まで入れるか迷ったのは勇気コン長野のみ披露された大階段のマーチングメドレー。今まで見たジャンプで一番かっこよかったのは実はあれだと思うんですけど、知念様がどうこうじゃなくて、本当にセット含めたすべてが素晴らしかったのであえて除外しました。ビトラもみんながかっこよかったけど、特に知念様がかっこよかった!という印象があるので。

これを書くために自分の過去ログを読み返していたんですが、昔の私の感想が分かりにくすぎる。やっぱりセトリに沿って書くのが一番ですね。最近コンレポを書くのがしんどくて年齢のせいかと思っていたけれど、単純に最近の方がきっちり書いているからでした。これからもがんばれるだけがんばりたいです。

嬉しいよ嬉しいけど

知念様が映画「超高速!参勤交代」に出演されることが発表されましたね。最近仕事が多くて大変喜ばしいことです。ここ数ケ月の仕事の増えっぷりに対して、「ジャンプが○ュリー派になったから!ジ○リーありがとう!」みたいな意見もあるみたいですけど、ジュ○ーだろうが飯○だろうが仕事は増えていたと思うんですよね。問題なのは今までちゃんとしたマネージメントをされず飼い殺し状態だったってことであって、今まで何もやってなかったところに普通に仕事をしてくれるようになったことに対してお礼を言うのってなんか間違ってません?不良が捨て猫を拾っただけでいい人扱いされるみたいなもんじゃありません?ずっと悪いことしてない子の方が偉いっつーの!

なんで勝手にイライラしているのかというと、知念様がもうすぐ20歳になってしまうからです。知念様は現在進行形でかっこいいしかわいいし美しいんですけど、やはり15〜18歳くらいの知念様の美しさは筆舌に尽くしがたいものがあったと思うんです。瞬太くんは超超かわいいけれど、本当に15・16歳の知念様がやっていたらかわいすぎて毎回鼻血が止まらなくて輸血しながらじゃないと見られないくらい素敵なものになっていたと思うんです。若さって、もうそれだけで尊くて美しいもので、その時の知念様をなんで使ってくれなかったのかということを考え始めると夜も眠れなくなって、○ュリーにお礼とかいってたまるか!!みたいな気持ちになってしまうんですよね。つーか、仕事だからやるの当たり前だし、やればできるならなんで今までやってくれなかったの??ガッデム!!

いま、2013年3月放送のジェネレーション天国を見ているんですけど、たった8ヶ月前でも全然違う。若さというきらめきはどんどんこぼれおちている。それでも、知念様は素敵なんですけど!なんですけど!でも、やっぱり全然違うんです。「男子三日会わざれば刮目して見よ」とクロコダイン(@ダイの大冒険)も言ってました。一瞬ごとに砂時計の砂は落ちていき、止めることはできないんです。


知念様は全然悪くないんです。ショタコンという私の業がこの醜い怒りを生み出しているだけなんです。本当にごめんなさい。歳を重ねたからこそ出てくる魅力もありますし、仕事が多いのはいいことです。知念様には謝るけど、ジ○リーにお礼は言いません。ジャンプはフレッシュさが売りのグループだったのに、なんでみんな20歳になる年から本気になるんじゃい!かといって、ジュ○ーに文句を言うのもお角違いなんですけどね。
J事務所の方々はショタコンが年齢にどれだけこだわりを持っているのかということをきちんと理解した上でマネージメントをして下さい、お願いします。

誰が知念様を人見知りにしたのか?〜膝乗りの代償〜(後)

紅白の出演者が発表されて、NYCは出演しないことが明らかになりました。雑誌からも姿を消しているし、自然消滅もありえるのかもしれません。正直、NYCはこちらが愛着を持てるほど何かしたわけでもないし、もともとゆまたんは7WESTとしてデビューして欲しかったし、なくなったとしてもそこまで感慨はないです。3人ともNYCを別荘としてとらえていたと勝手に思っているので、なくなって淋しいは淋しいんでしょうが、それ以上でもそれ以下でもないんじゃないかなぁ。コンサートは見たかったけど。悲しいけどジャニーズって戦争なのよね(BY.スレッガー中尉)。

NYCがジャニーズ界にもたらしたものは多くはないけれど、知念様にもたらしたものは多かったと思います。というわけで昨日の続きです。


NYC boysが結成される少し前、一つの転機が訪れていました。2009年4月から始まった「スクール革命」です。その前まで放送されていた「昭和×平成」に出演していたのはセブンの中でもベテランの中島・山田・森本の3人でした。この時まで知念様ってジャンプの戦力として中核を担っていたわけではないんですよね。確かに運動神経は超人的だし、かわいい顔して意外と毒を吐くし、当時は高音パートを担ったりしていて個性は炸裂していましたが、あくまでも飛び道具的な扱いで、セブンの中では圭人と共にみそっかすな扱いだったような気がします。そういうはみだし者の連帯感もあって、当時の圭人と知念様は箱庭のような関係を築くに至ったんでしょう。

その中島・山田・森本体制がドラマ「スクラップティーチャー」から徐々に変化し、「スクール革命」ではゆうとりんともったんが抜け、知念様が選抜されました。そして、その2ヶ月後にNYC boysが結成され、セブンは山田・知念体制へシフトしてゆくことになります。これは実質セブンのセンターがゆうとりんから山田くんに完全に変わるということでもありました。このあたりの流れはゆうとりんサイドから見るとかなり悲劇的なんでしょうが、私には詳しいことは分かりません。ただ、一度没落しているからこそゆうとりんには今の輝きがあるんだと思います。

NYC boysはもともとバレーのサポーターをする間の期間限定ユニットの予定で、この頃の知念様にはまだ「てきとうにやるか〜〜〜」という雰囲気が漂っていました。その年の夏ツアーの天国コンでもNYCコーナーの知念様のやる気がなさすぎて「きまぐれオレンジロードよりきまぐれな知念様!きまチネ!」と思ったりしていました。「スクール革命」においても、緊張はしていたものの知念様はのびのびと覇王っぷりを貫いていたと思います。久本雅美さんと一緒にベンチに座って「僕と結婚してさ、ここに座る子作ろうよ」と言い放った時の衝撃は今でも忘れられません。


2009年の11月、紅白出場と共にNYCの正式デビューが決定しました。そして、今までの小さな転機が一気に大きな波となって襲いかかってきたのです。


知念様がNYCについて語っている記事をあまり読んだ記憶はありませんが、山田くんはそれはもう分かりやすく悩んで悩んで悩みまくっていました。確か女性誌のソロインタビューで、ジャンプのメンバーに悪くて薮くんに相談したというようなことを言っていた(はずなんだけど、どの雑誌か思い出せない)し、この頃の山田くんは「ジャンプにはきれいなままでいてほしい」「素直なジャンプでいてほしい」と信者系ファン以上にヤバめの言動を繰り返していました。2009年年末から年始にかけての山田くんはジャンプコン、NYC紅白、左目探偵の撮影等色んな仕事が重なっていて、精神的にもかなり追いつめられていたような気がします。2010年1月11日放送のウルパワ(id:ariyoshi:20100111:1263219916)で「嬉しいことが分からない」と言う山田くんのメンタルが心配でたまりませんでした。
この頃からYCの過剰な絡みが見られるようになります。コンサートの最後にYCであいさつするようになったのも、2009年-2010年の冬コンからです。あまりにも絡むので「YC的接触が発生するごとに山田くんと知念様にお小遣いが入るのかしら?」といぶかしんでしまうほどでした。実際にある程度は事務所からの指示があったんだと思います。しかもその絡みは基本的に山田くんが主導なんですよね。「NYC」の「Kiss me baby」の部分はもともと知念様が山田くんにキスを迫っていたのに、サマリー2010ではすっかり山田くんが知念様にキスを迫る曲になってしまいました。


なぜ、突然山田くんの話をし出したのかというと、知念様を変えた要因のうちでもっとも大きなものの内の一つが山田くんだと思っているからです。
山田くんは自分のためよりも大切な人を守るために力を発揮するヤンキータイプです。そして、ドリボのごとく「何もかも引きうけてやろうじゃねぇか!!」と全部自分で背負ってしまうタイプです。この頃の山田くんには本当に一人で何もかも背負っているような悲壮感があって、そんな山田くんの悲壮な覚悟に知念様は巻き込まれてしまったような気がするんです。

もともと山田くんは知念様のことがあまり好きではありませんでした。いきなり出てきて良い位置で踊る知念様を見て、ザ・成り上がりの山田くんが良い感情を持つわけがありません。しかし、もともとヤンキー体質で優しい山田くんなので、素直に慕ってくる知念様を邪険にし続けることもできず、知念様を庇護下に置き弟のようにかわいがることで敵愾心やコンプレックスを解消していたんじゃないかと思っています。そんな感情を持ったまま、知念様と二人でジャンプから切り離されてしまった山田くんが「知念のことも含めて全部俺が背負わないと」という極端なところまで行ってしまったとしても不思議ではない気がします。

「NYCだと涼介が引っ張ってくれる」と知念様はよくおっしゃっていますが、山田くんがそういう役割を担うことで何かを振り切ろうとしているのが分かったからこそあえて山田くんに丸投げしたんじゃないでしょうか。そうやって完全に山田くんの庇護下に入ることによって、山田くんに守られているようでいて実は山田くんの精神を支えていたんだと思うんです。

知念様は聡明な方なので、自分の立位置の変化もNYCのことも知念様なりに悩んでいたと思います。ただ、知念様って環境が変わったら、一旦はその流れに身を任せて徐々に無理ない形に考え方を変えていくタイプなんですよね。だから、NIN×NINも「お母さんがいなくてさみしい」ではなく「他の人がいるから楽しい」と切り替えることができました。丸飲みする山田くんとは根本的にタイプが違うんです。
もしも山田くんがゆまたんのように受け流すタイプであったら、知念様は立位置の変化と二次性徴をうまく融合させてもっと伸び伸びと成長していったんだと思います。しかし、山田くんの丸飲み気質により、知念様はまるごと庇護下に置かれ、そこにい続けるために相応に成長することをも阻まれてしまったような気がするんです。

紅白が終わった後、カウコンで会ったメンバーに対して知念様は「さみしかったよ〜」とかけよって甘えたらしいですが、NIN×NINの頃と比べると少し違和感があります。かつての知念様なら「緊張したけど色んな人がいて楽しかった!」くらいのことは言いそうです。山田くんの庇護下に入ってしまった以上真っ向から悩むこともできず、かといって知念様の中にもNYCで活動することの後ろめたさもあり、折衷案として知念様がとった方法が「ジャンプ以外の仕事はさみしい」とメンバーに甘えることだったのではないでしょうか。
また、メンバーとしてもNYCの正式デビューが決まったことに不安があったでしょうが、知念様が「さみしかった」と言うことにより「ホームはあくまでジャンプ」だと言うことが確認できて、ある程度不安が払拭できたと思うんですよね。これが、知念様の「人見知り」の第一歩だったんだと思うんです。メンバーは知念様が人見知りだという話を嬉しそうにします。それが知念様のかわいらしさを構成する要素の一つであるみたいに。


誰が知念様を人見知りにしたのか?
それは知念様を含むジャンプのメンバーみんなです。もともと「膝乗り」という「甘え」から関係をスタートした知念様、知念様ごとNYCの宿命を背負いこんだ山田くん、外から帰ってきた知念様を猫かわいがりする他のメンバー、全員が知念様を「人見知り」にしたんです。


ここまで読んだ方のほとんどが思っているでしょうが、これは極論です。そもそも外部仕事があまりなく、ジャンプ自体が箱庭のような内向きの関係性を築いてしまったことも大きな原因だと思います。知念様の成長による内面の変化も複雑に絡み合っていると思います。ただいずれにしても思うのは、知念様が苦手なのは「知らない人ばかりの場に身を置くこと」ではなく「ジャンプの外に出ること」であって、そのきっかけとしてNYC結成は大きな意味を持っているということです。知念様の「人見知り」は「僕の居場所はジャンプだけだよ」とはっきり言えなかった知念様が作りだした「もう一人の自分」なのかもしれません。

ここのところ、知念様には一人の演技仕事が増えてきています。NYCに対する困惑もとっくの昔になくなっています。もはや知念様にもジャンプにも「人見知り」なんて性質は必要ありません。だけど人体に不要な器官が残っているように、、その性質は知念様の中に根深く残ってしまっています。盲腸も痛まなければ切る必要はありませんが、害をもたらすなら切り捨てないといけなくて、いままさにそういう時が訪れているのではないでしょうか。多少痛みが伴うでしょうが、それを切り捨てれば意外なほど身軽になれると思いますし、知念様もそのことを分かっている気がします。そんな知念様の変化をこれからも見守っていければと思います。

誰が知念様を人見知りにしたのか?〜膝乗りの代償〜(前)

知念様は現在「陰陽屋へようこそ」に絶賛出演中ですが、知念様のドラマ出演関連の出来事で印象深かった事件と言えば「ガムテープ事件」をおいて他にないでしょう。「最高の人生の終わり方」出演時、知念様は人見知りのあまり共演者に話しかけることができず、空き時間はずっとガムテープを見つめて過ごしていた、という三次元に起こったとは思えないこの事件は知念様の人見知りっぷりを象徴する出来事です。


でも、思うんです。知念様って本当に最初からそこまで人見知りだったんでしょうか?そのあたりのことを知念様の歩みをざっくり辿りつつ考えていこうと思います。


知念様の初仕事といえば忍者ハットリくんの実写版「NIN×NIN」ですが、そのDVDの特典に収録されている知念様の密着ドキュメント「400日の大冒険」の中でこんなやりとりがありました。

―帰りたいという時ある?
「ない」
―ない?でも疲れたなぁと思った時とかそういう時どう?お母さんに会いたいとかさないの?
「会いたい時はある」
―さびしい?
「楽しい」
―楽しいの?
「だって色んなスタッフの人がいるから」

絶対、インタビュアーは「さみしい」というコメントを引きだして、世のショタコンたちの心を鷲掴みにしたかったんだと思うんですが、知念様はポジティブな言葉しか言いませんでした。「色んなスタッフがいるからさびしくない」って人見知りの発想じゃないと思うんですよね。
また、2009年のカツン不滅コンに一人でゲスト出演した際にも、聖だかじんじんに「かわいいね」と言われ「知ってます」と言い放ち、バンジーにビビるゆっちにつっこみまくり、東京ドームにどよめきをもたらしていました。あの威風堂々っぷりからも人見知りという属性は見出せませんでした。
NIN×NINの頃は知念様自身がまだ幼すぎて人見知りという概念がなかったのかもしれません。カツンについてはツアーに付いていたので、人見知りの対象ではなかったのかもしれません。でも、ある時期までの知念様ってあんまり人見知りって感じがしなかったんですよね。私が始めて知念様を意識して見るようになったセブンコンでは知念様がMCを回していた(ような気がする)し。知念様の人見知りという性質は後天的、しかも比較的最近生みだされたものではないかと思うんです。


知念様にとって「かわいい」と言われることは最初の仕事の時から最大のコミュニケーションツールだったんだと思います。ただ、NIN×NINの現場ではかわいがられながらひたすら仕事をがんばればよかったんでしょうが、同年代や年下もいるジュニアの中ではそうもいきません。知念様が本格的にジュニアに合流したのは中学2年生になる直前でした。ジュニアを始めるには薹が立っている年齢で年下もたくさんいますし、何より同い年のゆうとりんや山田くんはとても追いつくことのできないようなキャリアを積み上げています。ダンスの実力があったとは言え、いきなりその人たちと同列でジュニア活動を始めなくてはならないことは、肉体的な面以上に精神的にかなり辛いものがあったことでしょう。


そこで、知念様は小動物のような愛らしい容姿を活かして積極的に甘えることにより、同世代のジュニア内での人間関係を築くことを選んだのだと思うんです。きっと、ゆうとりんあたりは最初から「知念かわいいね」と無邪気に言ってくれていただろうから、そういう小さなきっかけを掴んで「かわいい」というツールに「甘え」というメッキをほどこしていったのではないでしょうか。
このあたりの言動からしばしば知念様が腹黒いと言われがちなんですけど、この世界で生き延びるための無意識の選択だったんだと思うんですよね。かといって、知念様自身も特に自分を偽って演じていたわけでもなく、ただ自分の中の甘えん坊なところを過剰に演出していただけで、この頃は楽しみながら親交を深めていっていたんだと思います。そうして「庇護下に置かれることで人間関係を深めていく」という知念様の対人関係の礎が作られていったのでしょう。


知念様の「甘え」の中でもっとも象徴的な行為が「膝乗り」です。知念様が高校生になってもジャンプメンバー(年下のもったん含む)の膝に座っていたのは有名な話ですが、NIN×NINの特典映像ではどんなに甘えていても膝乗りなんて全然してないんですよね。だから、知念様の「膝乗り」はジュニアになってから始まったものなんじゃないかと思うんです。
膝乗りをはじめとする甘え攻撃は、頑なだった山田くんの心をも溶かし知念様はジャンプの中で自分の地位を確立しました。今思い出しても2009年の知念様は本当に最強だった。そして、その最強っぷりに惹かれて、私も転げ落ちるみたいにファンになりました。その一方で声変わりなどの二次性徴が知念様に少しずつ変化を与えていたのでしょう。
そんな2009年半ば、知念様と山田くんが選抜されたNYC boysが結成されることになったのです。


長くなったので明日に続く。
ちなみに「膝乗り」は圭人にだけはしなかったんですけど、このことに触れると止まらなくなってしまうので割愛します。というか、たぶん過去に散々語ってます。

ジャンプを好きだと言うこと

今まであえて明言してこなかったし、もう今では完全に割り切れて何も思っていないからこそ言うのですが、私はNEWSのことが大嫌いでした。


ハロプロ界では2002年8月のユニット大型再編のことを「ハローマゲドン」と呼んだものですが、対して2003年9月15日に起こった大型ジュニア内ユニットの解体は「ジャニマゲドン」と呼んでもいいと思います。

その日、風間ファンかつやまとまスキーだった私は新しいグループのメンバーを少しでも早く知るために2ちゃんねるに貼りついていました。各スポーツ誌では4TOPSをメインに据えたグループになるのではと言われていましたが、何日か前から2ちゃんではまったく別のメンバー構成が流出していて、それを信じたくなくてずっと2ちゃんに貼りついていました。明らかになったメンバーは事前に流出していたものとほぼ変わりませんでした。何も考えられなくなって、泣きながら15時からのワイドショーを見ました。今まで信じて追いかけていたものがあっけなくバラバラに解体され、ないことにされた瞬間の絶望感は今でも鮮やかに思い出せます。

NEWSは4TOPSから山下さん、エイトから内亮、K.K.Kityから小山加藤草野、嵐組として人気だったマッスー、新人の手越くんと七光りのM内くんという9人で結成されたユニットで、当時のジュニア界が一気に腐海に化すほど壮絶な鬱を撒き散らしました。「好きな人ががんばるなら」と前向きになる人もいましたが、当初は歓迎しない人の方が多かったと思います。私自身、一人一人は嫌いじゃなかったけれど、今まで積み上げてきたファンの思いを踏みにじられたこと、襟裳岬を歌うくらいしかしていなかったM内くんの存在に大人の事情を感じたこと(手越くんも新人だったけど彼には妙な色気があった)、何より山下さんの隣りに生田さんがいないことが許せなかった。私は風間ファンだったけど、風間さんやハセジュンが選抜落ちしても、やまとまが一緒だったら明るく送り出せたと思います。実際にどんな思惑があったのか知る由もありませんが、J事務所としてもM内くんがいる以上失敗できないから人気のあるジュニアグループの人気メンバーを引き抜いてNEWSを作ったんだと当時の私は思っていて、その安易さが悲しくて仕方ありませんでした。


もともとNEWSはセブンイレブン限定デビューという微妙なデビューで、「メンバーは9人だけど基本的には7人で活動する」という謎の活動形態を発表していた(wikiにも書いてないけど確かにそうだった)上に、既存のユニットも並行してやっていくとか、マッスーはキスマイのMとしても活動するとか、なんかグダグダな感じだったので、もしかしたらヤヤヤのごとく一発で終わるのかとも思われていました。ただ、その直後の少クラ公開録画に行った時に「4TOPSという言葉を使わないで下さい」と緘口令がしかれたので、なんとなく無理なような気もしていました。
そうこうしているうちに、私の中で諸悪の根源となっていたM内くんはファーストコンにすら参加せずさっさと脱退してしまい(どうでもいいけど「やっほー久しぶり森内だけど!」事件はいつ頃だったろうか?)、「もしかしてこのままNEWS自体なくなるんじゃね?」という淡い希望を持ったりもしたのですが、それも「希望〜YELL〜」の発売(正式デビュー)決定により打ち砕かれました。希望が希望を押しつぶすなんて皮肉なものです。このあたりから私の憎しみの標的はM内くんからMリーさんに変わり、その気持ちを持ったままエイトにはまっていくことになったのでした。
この日記の過去ログに2004年4月5月のエントリーがまったくないのは、正式デビューに対して呪詛の言葉ばかり書いていて、私がアナキン・スカイウォーカーだったら完全にダースベイダーになっていたであろうくらいダークサイドに堕ちてしまったからです。もともと辛いことが楽しいことを凌駕した時点でジャニヲタなんてやめるべきだというのが個人的な考えだったので、後々そのへんの記述は全部消しました。今となっては残しておいても面白かったんじゃないかと思うんですが。


ジャニマゲドン以来、私は解体系バレーユニが苦手になってしまい、ジャンプができた時もまったく興味がわきませんでした。ヤヤヤとJJEを解体して七光りを投入なんてジャニマゲドンの再来にしか思えず、仕事が忙しかったこともありデビューコンサートにも行きませんでした。ヤヤヤもJJEも山田くんも大好きだったんですけど、やっぱり過去のトラウマは覆せませんでした。あんなに好きだった山田くんが入っても興味がないんだから、自分は一生バレーユニを好きにならないという自信すらありました。
なのに、こともあろうにバレーユニの知念様を好きになってしまったんです。抗っても知念様への思いはとどまることを知らず、苦肉の策として打ち出した方針が「私は知念様ファンであって、ジャンプファンではない」というスタンスでした。というか、一応今のそのスタンスのつもりなんですけど、実はもうすっかりジャンプが好きです。バレバレだと思いますが。でも、明言することに抵抗があります。


私がジャンプを好きだと言えないのはあの頃NEWSを嫌いすぎていたせいだからです。私がNEWSを嫌いだったようにジャンプが嫌いな人も絶対にいたと思うし、今でもいるんだと思います。別に嫌いな人がいること自体は仕方ないし気にすることはないと思うんですが、あれほどNEWSを憎んでいた私がジャンプを好きになるのは虫のいい話なような気がするんです。「情けは人のためならず」っていうけど、呪いもそうだと思います。負の感情はめぐりめぐって自分の元にかえってくる。


生田さんも風間さんもあの頃は想像のできなかった輝かしい未来をいま歩んでいます。それはデビューできなかったからこそなんですよね。正直未だに色々と思うところはあるんですけど、思っていたよりずっと上出来な未来になっています。過去ログを消してダークサイド時代をなかったことにしていたのですが、きちんと吐き出して向き合えば、もう少し素直にジャンプが好きだと言える気がして、久しぶりに当時のことをそのまま書いてみました。とりあえず、すっきりはしました。「喜び悲しみ受け入れて生きる」で始まるUMPは象徴的な歌ですね。忘れ去るんではなく、受け入れていかないと人は生きていけないのかもしれません。