愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

ジャンプを好きだと言うこと

今まであえて明言してこなかったし、もう今では完全に割り切れて何も思っていないからこそ言うのですが、私はNEWSのことが大嫌いでした。


ハロプロ界では2002年8月のユニット大型再編のことを「ハローマゲドン」と呼んだものですが、対して2003年9月15日に起こった大型ジュニア内ユニットの解体は「ジャニマゲドン」と呼んでもいいと思います。

その日、風間ファンかつやまとまスキーだった私は新しいグループのメンバーを少しでも早く知るために2ちゃんねるに貼りついていました。各スポーツ誌では4TOPSをメインに据えたグループになるのではと言われていましたが、何日か前から2ちゃんではまったく別のメンバー構成が流出していて、それを信じたくなくてずっと2ちゃんに貼りついていました。明らかになったメンバーは事前に流出していたものとほぼ変わりませんでした。何も考えられなくなって、泣きながら15時からのワイドショーを見ました。今まで信じて追いかけていたものがあっけなくバラバラに解体され、ないことにされた瞬間の絶望感は今でも鮮やかに思い出せます。

NEWSは4TOPSから山下さん、エイトから内亮、K.K.Kityから小山加藤草野、嵐組として人気だったマッスー、新人の手越くんと七光りのM内くんという9人で結成されたユニットで、当時のジュニア界が一気に腐海に化すほど壮絶な鬱を撒き散らしました。「好きな人ががんばるなら」と前向きになる人もいましたが、当初は歓迎しない人の方が多かったと思います。私自身、一人一人は嫌いじゃなかったけれど、今まで積み上げてきたファンの思いを踏みにじられたこと、襟裳岬を歌うくらいしかしていなかったM内くんの存在に大人の事情を感じたこと(手越くんも新人だったけど彼には妙な色気があった)、何より山下さんの隣りに生田さんがいないことが許せなかった。私は風間ファンだったけど、風間さんやハセジュンが選抜落ちしても、やまとまが一緒だったら明るく送り出せたと思います。実際にどんな思惑があったのか知る由もありませんが、J事務所としてもM内くんがいる以上失敗できないから人気のあるジュニアグループの人気メンバーを引き抜いてNEWSを作ったんだと当時の私は思っていて、その安易さが悲しくて仕方ありませんでした。


もともとNEWSはセブンイレブン限定デビューという微妙なデビューで、「メンバーは9人だけど基本的には7人で活動する」という謎の活動形態を発表していた(wikiにも書いてないけど確かにそうだった)上に、既存のユニットも並行してやっていくとか、マッスーはキスマイのMとしても活動するとか、なんかグダグダな感じだったので、もしかしたらヤヤヤのごとく一発で終わるのかとも思われていました。ただ、その直後の少クラ公開録画に行った時に「4TOPSという言葉を使わないで下さい」と緘口令がしかれたので、なんとなく無理なような気もしていました。
そうこうしているうちに、私の中で諸悪の根源となっていたM内くんはファーストコンにすら参加せずさっさと脱退してしまい(どうでもいいけど「やっほー久しぶり森内だけど!」事件はいつ頃だったろうか?)、「もしかしてこのままNEWS自体なくなるんじゃね?」という淡い希望を持ったりもしたのですが、それも「希望〜YELL〜」の発売(正式デビュー)決定により打ち砕かれました。希望が希望を押しつぶすなんて皮肉なものです。このあたりから私の憎しみの標的はM内くんからMリーさんに変わり、その気持ちを持ったままエイトにはまっていくことになったのでした。
この日記の過去ログに2004年4月5月のエントリーがまったくないのは、正式デビューに対して呪詛の言葉ばかり書いていて、私がアナキン・スカイウォーカーだったら完全にダースベイダーになっていたであろうくらいダークサイドに堕ちてしまったからです。もともと辛いことが楽しいことを凌駕した時点でジャニヲタなんてやめるべきだというのが個人的な考えだったので、後々そのへんの記述は全部消しました。今となっては残しておいても面白かったんじゃないかと思うんですが。


ジャニマゲドン以来、私は解体系バレーユニが苦手になってしまい、ジャンプができた時もまったく興味がわきませんでした。ヤヤヤとJJEを解体して七光りを投入なんてジャニマゲドンの再来にしか思えず、仕事が忙しかったこともありデビューコンサートにも行きませんでした。ヤヤヤもJJEも山田くんも大好きだったんですけど、やっぱり過去のトラウマは覆せませんでした。あんなに好きだった山田くんが入っても興味がないんだから、自分は一生バレーユニを好きにならないという自信すらありました。
なのに、こともあろうにバレーユニの知念様を好きになってしまったんです。抗っても知念様への思いはとどまることを知らず、苦肉の策として打ち出した方針が「私は知念様ファンであって、ジャンプファンではない」というスタンスでした。というか、一応今のそのスタンスのつもりなんですけど、実はもうすっかりジャンプが好きです。バレバレだと思いますが。でも、明言することに抵抗があります。


私がジャンプを好きだと言えないのはあの頃NEWSを嫌いすぎていたせいだからです。私がNEWSを嫌いだったようにジャンプが嫌いな人も絶対にいたと思うし、今でもいるんだと思います。別に嫌いな人がいること自体は仕方ないし気にすることはないと思うんですが、あれほどNEWSを憎んでいた私がジャンプを好きになるのは虫のいい話なような気がするんです。「情けは人のためならず」っていうけど、呪いもそうだと思います。負の感情はめぐりめぐって自分の元にかえってくる。


生田さんも風間さんもあの頃は想像のできなかった輝かしい未来をいま歩んでいます。それはデビューできなかったからこそなんですよね。正直未だに色々と思うところはあるんですけど、思っていたよりずっと上出来な未来になっています。過去ログを消してダークサイド時代をなかったことにしていたのですが、きちんと吐き出して向き合えば、もう少し素直にジャンプが好きだと言える気がして、久しぶりに当時のことをそのまま書いてみました。とりあえず、すっきりはしました。「喜び悲しみ受け入れて生きる」で始まるUMPは象徴的な歌ですね。忘れ去るんではなく、受け入れていかないと人は生きていけないのかもしれません。