愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

ハツカネズミと人間

今は穏やかな気分なんて嘘です。バビディに洗脳されたときにベジータカカロットに言った台詞と同じくらい嘘です。なんかベジータのことを考えていたら泣きそうになってきました。とりあえず、心を落ち着けるために最近読んだ本の感想でも書こうと思います。

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

小柄で賢いジョージと少し頭の弱い大男レニー、いつか一緒に土地を持ち誰にも縛られずに暮らすことを夢見る二人の話。小説中にハツカネズミそのものも出てくるのだけれど、私はハツカネズミとはレニーのことだったんじゃないかと思います。レニーは常に何かを愛することを望んでいました。レニーにとってその対象は小さなハツカネズミだったり、子犬だったり、ウサギだったりしたけれど、ジョージにとってその愛すべき存在はレニーだったのじゃないでしょうか。人は愛されること以上に、何かを愛していなければ生きていけない生き物なのかもしれない。キンキさんの歌じゃないけどさ>「愛されるより愛したい」。
そういえばこの小説にはカーリーというボクシングの得意な男が登場するのだけれど、その妻の台詞にこんなものがありました。

「あんなマッチ箱みたいな家にじっとしていて、カーリーがまず左を二度入れてリードをとり、それからいつもの右をななめに打ちこむ、なんて話すのを聞いていられると思う?<ワン・ツーだ>なんて言うの。<いつものワン・ツーでやつはダウンだ>」

「ワン・ツー」が「こんばんワン・ツー」に見えて、おかしくてしょうがありませんでした。確かにそんなの笑ってしまって聞いていられないかもしれない。

「あんなマッチ箱みたいな家にじっとしていて、カーリーがまず左を二度入れてリードをとり、それからいつもの右をななめに打ちこむ、なんて話すのを聞いていられると思う?<こんばんワン・ツーだ>なんて言うの。<いつものこんばんワン・ツーでやつはダウンだ>」

そして今日はエイトの「こんばんワン・ツー」で私がダウンするという寸法です。あ、ドラえもんが終わるよー。あと30分。なまずはウロコがないんですって。