愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

桜咲いて春がきました

シュンさんが「私にとって今回の件が9.15と同じ意味を持っていた、今までスルーしていたところに初めてちゃんと実感をもって向き合ったからどうしていいのか分からなかった」とおっしゃってますが、私もそうだったんだろうなぁと思います。あの時はまったくエイトファンじゃなくって、むしろ「名前が残ってるんだから、まだいいじゃない」とか思っていたんですよね…。


私はエイトがCDを出した去年の8月25日の公演を見ることができたんですが、全然泣けなかったんです。確かに感動はしたし嬉しかったけど、9.15を一緒に乗り越えなかった自分に泣く権利なんてないような気がして。ファンに権利も何もないと思うんですが、やっぱり引け目はあるんですよね。知識や映像は後から手に入れられても、エイトとファンが一緒に積み重ねた時間だけは後から経験することはできないから。でも今あの場にいたら、私もぼろぼろ泣くと思う。私は今までどちらかといえばエイトファンというよりはやっさんファンで、このはてなでもエイトスキーとは書いてもエイトファンとはあまり書いたことはなかったんだけど、この一週間ですごく痛いエイトファンになってしまった気がする。ファンっていうか担だ。なんかもう8人が8人でいなきゃだめだ。ヘブンリに「そこに僕の姿がなくても世界は簡単に回った」って歌詞があるけれど、私の世界はぴろき一人がいないだけで簡単に回らなくなってしまった。もう8人いなきゃ全然だめだ。


今日は感謝=∞を就活の合間にずっと聞いていたけれど、今まではやっさんの声を探していた私が一人一人の声を聞き分けるのに必死になっていて(しかも前より分かるようになった気がする)、ドリブラの2番の歌詞に泣きそうになったり、旅人の歌詞に泣きそうになったり、Edenの歌詞に泣きそうになったり、ヘブンリの歌詞に泣きそうになったりして、それでしんみりしたところで昨日のレコメンを聞いてにやにやして、とにかくもうエイトに浸りきっていて、なんかもう今日の私ってばまるで初めて恋をした女の子みたいだったよ!