愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

「プライド」に関する対話(@少クラ)

戸塚「郁人は?」
河合
「そうだねぇ、仕事ではね、
誰にも負けたくないという気持ちはいつも持ってる」


ふみきゅんかっこよすぎ!!!!!なんなのこの男?クオリティ高すぎだよ!「仕事ではねぇ」という言い方がまるで企業戦士のようだった。しかも軽く15年は戦い続けていそうな。はぁ〜〜〜〜〜〜カッケーな。カッコよすぎるぜ、河合郁人。何故18歳という若さでこんな発言ができるんだ?俺には一生そんな台詞言えそうもないぜ。むしろ社会人になりたくないという気持ちなら誰にも負けないぜ。スゲーよ、河合郁人。私も「仕事では誰にも負けたくない」という気持ちを常に持って生きていかなきゃな。今日は河合くんから人生ってやつを学んだぜ。サンキューふみきゅん!「ミッションーーーースターート!」の言い方も、腕を振り下ろす角度とか諸々を含めて完璧だったぜ。


それと戸塚さんが「郁人」と呼び捨てるのを初めて聞いたのですが、個人的には苗字呼び捨ての方が好きなので「河合」と呼んで欲しかったです。付き合いが長いのに敢えて苗字で呼ぶってすごく良くないですか?例えば昔、山下さんがグレていた(?)時代、生田さんは山下さんのことを「やまぴー」と呼んでいましたが、仲が良くなってからは「山下」って呼ぶようになったじゃないですか。風間さんもそうなのかな。あの関係性がすごく好きなんですよ。「あだ名で呼ぶ」ってすごく分かりやすい親愛の情の表し方だと思うんです。特に若い子って、とりあえず最初は「○○って呼んでよ」とあだ名で呼び合うことからお互いの壁を少しずつ取り払っていくじゃないですか。「あだ名から苗字にシフトする」ということは「わざわざあだ名という分かりやすい形で親愛の情を表す必要がなくなった」ということだと思うんです。つまり関係として次の段階へ上がった印だと思うわけです。女の子はどちらかといえば形で表したがるから、親しくなると「もっとくだけた呼び方をする」というシフトをしがちな気がします。それと比べると「敢えて苗字で呼ぶようになる」というシフトの仕方は非常に男らしく思えて、私のような単純な女はその男らしい関係性にぐっときてしまうのです。…こういう点でも私とやっさんの感覚って合わないんですよね。苗字で呼ばれるのが寂しいって。やっぱやっさんって乙女なんだよな。そりゃあ大倉に「重い」って言われますわ。大倉といえばbisかっこよかった!