愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

ヘイヘイヘイ!

戸塚さんが2回くらいアップになりましたね。間奏後の「そばにおいでよ」(思わず「行くよ!」と答えた女子は軽く102万人はいることだろう)と、ぴーたんのため息のあと。あのカメラワークに何らかの意思を勝手に感じ取った。これは来ちゃうね。戸塚さんの時代が来ちゃうね。それは喜ばしいことなのかもしれない。でも本当は戸塚さんの時代なんて来なくていいんです。私はいつまでも戸塚さんを私物化していたい、あるいは狭い世界で共有していたい。みんなの戸塚さんじゃなくて、知る人ぞ知る戸塚さんでいいんです。山田様だってそうです。立ち位置が超はしっこであるにも関わらずガシガシと完璧に踊る山田様が、シンメはアベベな山田様が本当は好きだったんです。私が山田様を「山田様」と呼び始めたのは、年齢に見合わぬダンスの完成度の高さももちろん理由の一つですが、それ以上に、まだ少年という呼ばれ方すら似合わないほど幼かった12歳の彼を、あえて「様付け」で呼ぶという行為のあべこべさに惹かれたからです。山田様という呼び方がしっくりとくるような位置に山田様が来てしまった現在、山田様を「山田様」を呼ぶ意味があるのか?山田様という言葉が形骸化し、単なる記号となり、一人歩きしてはいまいか?そろそろ山田様を「山田様」と呼ぶ季節は終わりを告げるべきなのかもしれない。