愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

アイドルとは

「アイドルとは何か?」という問いはきっと何らかのアイドルのファンをしている人間が一度は考えることで、きっとその人なりの持論があるのだと思う。どんな持論や結論も、綺麗事も欲望も、清濁あわせてすべて引き受けてくれる懐の深さが「アイドル」という言葉にはある(というのが私の持論)。個人的に反対語として浮かんでくるのが「アーティスト」という言葉で、私はこの言葉にエゴイスティックな自意識を感じる。特に歌い手自身が作詞なり作曲なりしていると「この曲にはこういう思いを込めたんだから、ちゃんとそういう風に感じろよ」と強制されているような気がしてしまう。いや、実際にはそんなことはないんだろうけど、勝手な思い込みと妄想で生きている夢見るおたくの私にはなんとなく近寄りがたい言葉である。
その点、アイドルは基本的に曲を提供されているので、歌い手自身も「この曲にはこういう思いが込められているんだと思うんですよね」と手探りで歌っていくしかないわけで、その立ち位置の近さに私は安心する。「アイドルなんて曲も作れないくせに」なんて批判をする人がたまにいるけど的外れにもほどがある。自分で作った曲でないからこそ、そこに込められた思いや意味を彼ら自身の中から引き出してきて、膨らませなければならないのだ。スタートが「他人の言葉」であることを勘案すると、自分で作った曲を自分で歌うよりも一筋縄ではいかない部分もあるだろう。他人の曲を歌うというのはものすごく創造的な作業なのである。

「アーティスト」はまぁどうでもよくて「アイドル」である。「アイドルとは」で始まる持論が私の中にも数多くあるが、そのうちの一つが「アイドルの曲は視覚的情報が加わって初めて完成する」というもの。ラジオやCDで聴いていまいちだと思っていた曲も、コンサートや音楽番組やPVでのパフォーマンスが素晴らしいと一気に名曲になることがある。私の中でその筆頭にある曲が℃-uteの「即 抱きしめて」でCDで聴いていたときはつまらない曲だと思っていたのに、めーぐるのダンスが最高すぎてあっさり超名曲認定を下した。アイドルソングはそれでいいんだと思う。

そういう意味で私がアイドルとして完璧だと思うのはジャニーズJr.なのである。ジャニーズJr.の場合、ラジオやCDで曲が先行することはまずなく、基本的に視覚的情報と一緒に曲が提供される。初見からアイドルソングとして正当な評価を下せるのである。また商業ベースに乗っていない分、アイドルソングとしての純度も高い気がする。だから私は「アイドル」について考える時はいつだってジャニーズJr.を中心に考えたいと思うし、アイドルに興味がある限りいつまでもジャニーズJr.が好きなんだろうなぁと思う。


何が言いたいのかというと、私はショタコンだからジュニアが好きなんじゃなくて、アイドルが好きすぎるからジュニアが好きなんです。ショタコンじゃないです。そこんとこよろしく。