愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

薮宏太さん、20歳おめでとうございます。

猛烈に日付詐称でごめんなさい。
基本的にお誕生日おめでとうエントリはよっぽど好きな人じゃない限り書かないことにしています。なぜならキリがないからです。あと、気合を入れすぎて書けずに終わってしまうというのも大きな理由の一つです(今回もそうなりかけた……)。でも今年はJUMPメンのお誕生日は多少遅れてもお祝いをしようと思います。いや、お祝いというのとはちょっと違うかもしれません。
私は未だにHey!Say!JUMPというユニットとどういう風に向き合うべきかよく分かりません。だから、今年はメンバー一人ずつを通じて、Hey!Say!JUMPというユニットと向き合おうと思います。八乙女くんの誕生日を祝う頃には答えがでているといいなぁと思います。




薮くん、20歳おめでとうございます。
私は2001年12月30日からジャニーズを好きになりました。私の人生を狂わせたのは金八第5シリーズに出演していた風間さんです。金八にはまり狂っていたころ、友達の付添いでキンキコンに行き、バックで踊っている風間さんを見つけてしまいました。そうして、一緒に行った友人二人はキンキへ、もともとアンチジャニーズでジュニアどころかV6や嵐のメンバーも言えなかった私はなぜか一人ジャニーズJr.へと堕ちていくことになりました。
ジュニアファン生活は孤独でした。あまりに孤独だったので、はてなを始めました。テレビに関心のなかった私が、いきなり「ザ少年倶楽部」とか「裸の少年」とかいうあやしげなタイトルの番組を血まなこになって録画しはじめたのを、家族は面白そうに見ていました。


そんな頃、Ya-Ya-yahというユニットが結成されました。私はヤヤヤというユニット自体にはさしたる思い入れはありません。けれども、ヤヤヤの音楽には思い入れがあります。私の孤独なジュニア生活の傍らには、常にヤヤヤの音楽がありました。太陽みたいに明るくて、それでいて少し切ない、まさに「悲しいほどに鮮やかな青空」みたいな曲を底抜けに無邪気に歌っていたヤヤヤは、私が一番好きだった時代のジュニアの象徴です。そんなヤヤヤの音楽の中心にはいつも薮くんがいました。薮くんと私のジャニーズ歴って同じくらいだと思うんです。気分はもう同期。私にとって薮くんは常に傍らにいた人です。


私がヤヤヤ曲で一番好きなのは「Never Stop the Music」*1です。

やっと君に会えた この奇跡に震える
ギュッとつないだ手は もう離さない

私にとって、JUMPは瓦礫の上に咲いた花です。「Never Stop the Music」は聴いても聴いても素敵な曲で、この曲が素敵であればあるほど、JUMPという花をめでることにためらいが生まれます。「ギュッとつないだ手はもう離さない」と歌っていた子たちは、今は誰と手をつないでいるのか。先日の薮くん不在のJUMPコンで、JUMPのメンバーにとって薮くんはかけがえのない人で、薮くんにとってもJUMPがとても大切な場所だということはよく分かりました。今の薮くんは「もう離さない」とJUMPに対して思っているのかもしれません。そのことを喜ばしいと思う以上に淋しいと思ってしまう。瓦礫の上に咲く花も、花である以上美しいのはもう十分に分かっていて、私だって本当はもうその花をめでたくてしょうがないんです。でも、まだ踏み切れない。


去年9月の東京ドームでのコンサートで、薮くんは突然泣き始めました。薮くんがどんな気持ちで泣いたのかなんて知る由もありません。薮くん自身、よく分かっていないような気がします。ただ私はその時、薮くんは自分が手に入れたものと同時に、失ったものについても考えているんじゃないかとなんとなく思いました。たぶん、自分たちが踏みしめているものを一番よく分かっているのは、最初から最後までYa-Ya-yahというユニットにいた薮くんなんじゃないでしょうか。


くだらない話をだらだらとごめんなさい。あんなにちっちゃくて、「一体いつ大きくなるんだろう?」と勝手にずっと心配していた薮くんも、いつの間にかジャニーズ有数の長身となり、すっかり立派な青年になりました。「SHE LOVES ME」はとっても素敵な舞台でした。今年も自由奔放な薮くんでいて下さい。できればもうちょっと太って下さい。そして、去年の東京ドームみたいに、たまには感情を決壊させて私をメロウな気持ちにさせて下さい。薮くんが淋しいと、私は少しだけ嬉しい。もっと素直にJUMPが好きと言えるようになるまでは、薮くんのことをよすがにさせて下さい。
薮くん、20歳おめでとうございます。

*1:作詞:飯田建彦・成瀬英樹、作曲:飯田建彦