愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

「『ありがとう』〜世界のどこにいても」とメタファーとメトニミー

コンサートが始まりますね!!この2ヶ月くらいずっと苦しめられていた案件がようやく8合目くらいに辿りついたので、来週からはお昼休みという制度を復活させたいです。そんな普段の社畜生活は忘れて、今日からは愚民です!!!名古屋に行って参ります。会場に行けば誰かしらにばったりお会いできると思っているので、会ったらよろしくお願いします。
週間チャートでも1位を取れたようですね。おめでとうございます。ありがとう露出をざっと見ましたが、ミュージックジャパンの見つめ合いKCが素敵でした。というか、圭人あほだな……。あとMステの知念様がとにかく美麗すぎたので、名古屋で担降りするかもしれません。蛇が脱皮を繰り返すごとく、何度でも知念様に担降りしたい今日この頃です。

録画していたものを見ていて思ったのですが、やっぱり曲調とダンスはすごく好きです。重量感があって見ごたえがあります。実はこの曲の歌詞についてもの申したいことがものすごくあるのですが、たぶんコンサートで見たら、「知念様かっこいいいいいい!!!!!!!!」しか言えなくなり、私はこの曲を賞賛することしかできなくなると思います。
だから、まだ冷静な判断ができる今のうちに、この曲の歌詞の何が気に食わないのか記録しておこうと思います。これは曲の良し悪しではなく、完全なる私の好みの話です。前回のエントリに書いた通り、私は音楽についての知識はまったくありません。だからアイドル曲について考える時、歌詞からアプローチをするしかないんです。この曲どうこうというよりも、私がアイドル曲の歌詞に何を求め、何を大事にしているかという話です。
25日にはコンサートの感想を書きたいと思っているので、日付詐称です。




この曲のコンセプトは好きです。「ありがとう」という感謝の言葉を、あの激しいダンスと異様に重低音の聴いた決して万人受けすると思えない旋律に乗せて伝えることに、潔さと強い意思を感じます。歌詞は限りなく言葉遊びに近いので、この曲の歌詞に対して意見を言うことはナンセンスなのかもしれませんが、私はこの曲が好きだからこそ、歌詞の至らぬ部分が目についてしょうがないんです。

「鳴くよウグイス平安京」という語呂合わせがあります。「794年に平安京が都として定められた」という年号を覚えるための語呂合わせで、日本で知らない人はほとんどいないでしょう。「794年」と「平安京」という二つの単語の間に「ウグイス」という言葉を差し挟んだところに、この語呂合わせを作った人間の想像力を感じます。ウグイスと言えば春の訪れを優雅な鳴き声で我々に教えてくれる鳥です。この語呂合わせにおいて、「ウグイス」という単語は、都が移り新しいことが始まるということが暗示した上で、「京の都」という雅さを演出しています。味もそっけもない「年号の暗記」という作業に、この語呂合わせを作った人間の想像力が彩りを添えているのです。
私は文章を読んでいる時、作り手の想像力の飛翔性を感じた瞬間に一番興奮します。関連性のない単語同士が、作り手の想像によって繋がる瞬間ほどカタルシスを感じる時はありません。最近流行っている「謎かけ」も、一見関連性のない二つの言葉が繋がった瞬間にカタルシスを感じることができるからこそ、多くの人に親しまれているのでしょう。

この「『ありがとう』〜世界のどこにいても」*1という曲にはその種のカタルシスがありません。そこだけが惜しい。それがあれば私は迷わずこの曲を名曲認定し、20枚でも30枚でも買っていたと思います。今回はそこの部分がどうしても引っかかってしまったため、8枚しか買えませんでした。ごめんさない、知念様……。でも私も大人なので、作品に対する評価をきちんとしたい時もあるんです。

たとえば知念様パートで

ワンダナムル ワンダフル 照れないで テレマカシー

という歌詞がありますが、この「ワンダナムル」と「ワンダフル」の間に想像力を感じますか?私はまったく感じません。言葉遊びだから、そんなものなくても良いのかもしれません。でも、プロの仕事なんだから、もうプラスアルファの工夫が欲しい。言葉遊びと同時に意味上でも絡みが出るような遊び心が欲しかったんです。


比喩には大きく分けて、性質の類似性に基づく「メタファー(隠喩)」と隣接性に基づく「メトニミー(換喩)」があります。
たとえば、知念様を「神の子」と呼ぶのはメタファーで「静岡の子」と呼ぶのはメトニミー、いのおのことを「やきそば野郎」と呼ぶのはメタファーで「円陣の時に常に大ちゃんの隣にいる人」と呼ぶのはメトニミー、東京ドームに行くことを「大卵に行く」というのはメタファーで「水道橋に行く」というのはメトニミー、たぶんそんな感じです。専門的に学んだ訳じゃないんで、違っていたらごめんなさい。
「ありがとう」という曲には言葉と言葉の隣接性、つまりメトニミーしか存在しない。それも「ワンダナムル」「ワンダフル」というかなり安易なメトニミーです。この二つの言葉の間に意味的な繋がりはありません。メタファーとメトニミーの間に優劣はないでしょうが、私はメタファーの方がより作り手の想像力を感じ、イメージを掻き立てられるから好きなんです。

たとえば、「Deep night 君思う」*2

真夜中0時って 届かないメリーゴーランド

というフレーズにグッとくるんですが、これは「メリーゴーランド」が「片想い」のメタファーとして効果的に使われているからだと思うんです。動き続けているのにそれに乗っている人同士の距離は決して縮まらないメリーゴーランドを、思っても思っても届かない想いと掛けていて、さらに「真夜中0時」と指定していることで、夜にひっそりと光を放っているメリーゴーランドという視覚的イメージも喚起され、この曲の持っている幻想的な雰囲気が最大限に高まります。「片想い」の楽しいけど物悲しいイメージが、「メリーゴーランド」に託したことによって一層広がる。「メリーゴーランド」という言葉を差し入れたところに作詞者ナシル氏のセンスを感じます。


話を「『ありがとう』〜世界のどこにいても」に戻します。この曲には無数の「ありがとう」がちりばめられており、曲そのものが「ありがとう」の塊となっているため、個々の言葉が持つ「ありがとう」という意味にはもはや意味がありません。「ありがとう」から「ありがとう」の意味がはく奪されると、その言葉に残るのは「国の違い」のみです。どうせ言葉遊びをするのであれば、この「国の違い」を活かすべきだったと思うのです。

あのファッション グラっと来て グラッチェグラッチェ ちぇけらうよ

は「あのファッションにグラっとしてチェックする」と「グラッチェ」を組み合わせているわけですが、もうひとひねりして「あのファッションにグラっとしてチェックする」と「グラッチェ」の間に意味的な繋がりもあるように作って欲しかった。なので、「シェイシェイシェイ四千年」や「ローマで休日を過ごしてグラッチェグラッチェ」あたりの歌詞は、「中国→四千年」「イタリア→ローマの休日」というひねりがあるのでまだ評価できます。安易だけど。
どうせならメトニミー的な繋がりにメタファーを組み込むことによって、パズルのように1ピース1ピースをずらすことのできない完全に自己完結している曲を作って欲しかった。ダンケシェーンとメルシーボクの位置が変わっても問題はありません。ドイツとフランスは全然違うのに。そんな配置の緩さが残念でなりません。
ただ、この曲の中で唯一素晴らしいと思えるフレーズがあります。

バイカル湖にスパシーバを 散りばめてスパンコールで

これだけは素晴らしい!!ここだけは完璧です!!このフレーズに差しかかった瞬間に文学的興奮を覚えます!!
バイカル湖」と言えば世界一透明度の高いことで有名なロシアの湖です。この単語一つで「ロシア」「透明」という印象が脳裏に浮かび、そこですかさずロシアの「ありがとう」である「スパシーバ」が挿入されます。順当な飛躍です。さて、その「スパシーバ」をどうするのかというと「散りばめて」しまうんですね。ここは湖なので「浮かべて」とかでも面白いと思うんですが、とにかく物質でない言葉を散りばめてしまうところに作詞者のセンスを感じるし、感謝の思いが溢れていることも感じられてなんだか気持が高まります。ここで最後に「スパンコール」が来るんです。この「スパンコール」が素晴らしい。「スパンコール」がなければこのフレーズは輝きません。「スパシーバ」は実際には散りばめることは出来ませんが、「スパンコール」は散りばめられます。「スパンコール」という言葉が挿入されたことにそって、視覚的イメージが一気に広がり、このフレーズは突然輝き始めるのです。「スパシーバ」と「スパンコール」は韻を踏んだ言語的メトニミカルな関係にあり、更に「散りばめて」という動詞が置かれたことにより「スパシーバ」は「スパンコール」のメタファーとなります。ここで再び「バイカル湖」が生きてきます。最初に述べた通り、「バイカル湖」は世界一の透明度を誇る湖です。世界一透明な湖に「スパシーバ」という「スパンコール」を散りばめる、なんて幻想的な光景なんでしょう。このフレーズには一切の無駄がありません。すべての単語がある時はメトニミカルに、ある時はメタフォリカルに絡み合い、一つ一つの単語が持つ以上のイメージ喚起力をフレーズ全体に持たせることができるのです。

これを全編にわたって繰り広げてくれれば、この曲は未だかつてない傑作になったことでしょう。それが惜しい。着眼点は面白いと思うんですけど、いまいちはじけ切れていないんですよね。本当に嫌いじゃないんです。ただ、喉越しが良すぎる。もっと噛みごたえのある歌詞が欲しかったというのが正直なところです。でも、そんな物足りなさもJUMPが歌い踊ることによって補填されてしまうんですけどね。「照れないで」と「テレマカシー」の間に何の興奮も覚えないけど、知念様が「照れないで」と歌うことで、言葉は何倍もの意味を持つ。アイドルって素晴らしいですね。

*1:作詞:森若香織村野直球・亜美、作曲・編曲:STEVEN LEE、Song Co-ordination:JOEY CARBONE

*2:作詞:ナシル、作曲:zero-rock