愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

タッキーからの卒業式

2012年の革命の時、タッキーは本当はもうA.B.C-Zを使うつもりはなくて、ただどうしても大将軍だけは戸塚さん以上の適任が思いつかなくて戸塚さんにお願いした、というようなことを言っていた気がする。だから、私はもうA.B.C-Zが革命につくことはないんだと思っていた。

3日、ジャニーズワールド2幕の滝沢革命の殺陣でタッキーと優馬くんに切られていくA.B.C-Zを見ていて、これはタッキーがA.B.C-Zに与えてくれた卒業式なのかもしれないと思った。若いハッシーだけを手元に置いて、他の4人を自分の敵として配置し、自ら引導を渡していくタッキーの姿を見ていたら涙が止まらなくなった。
タッキーはずっと舞台でもコンサートでもA.B.C-Zに背中を預けてくれて、彼らもその期待に答え続けてきた。だけど、もう彼らは誰かの背中を支えていてはいけないんだと思う。

タッキーと一緒に舞台に立つA.B.C-Zは本当に生き生きとしていて楽しそうだった。ふみきゅんなんて、笑うような曲じゃなくてもずっと歯を出して笑っていた。他のメンバーも明らかにダンスがいつもと違っていて、「2人の夜」も「REAL DX」も「愛・革命」も全然揃ってなんかいなくて、戸塚さんやハッシーに至っては滅茶苦茶な動きをしていて、でもとにかく楽しそうだった。

もうA.B.C-Zにとってタッキーの存在は理屈じゃないんだと思う。5日昼の「REAL DX」で、「君がそばにいるだけでなんか楽しいんだ」と歌いながら、にこにこしながらタッキーの顔を見上げているハッシーが本当にかわいかったんだけど、この歌の通りA.B.C-Zはタッキーがいるだけでなんか楽しいんだと思う。
私もA.B.C-Zの現場を思い返すと、楽しかった時にはいつだってタッキーがいた。タッキーがいるだけで無条件に楽しくて、幸せだった。仕事だから、A.B.C-Zにとっては楽しいことばかりじゃなかったと思うけど、でも今回「REAL DX」を踊るみんなは本当に楽しそうで、幸せそうで、「受け止めるから」と歌うタッキーに全力で無防備に身を任せている。こんなに無邪気に楽しむA.B.C-Zは久しぶりに見た気がする。

「2人の夜」の間奏でタッキーが後ろに下がるところがある。前で踊っている5人に対して背を向けて立っているタッキーの姿がすごく象徴的だった。きっと、A.B.C-Zもタッキーとこんな風にみんな揃って舞台に立てるのはこれで最後だと分かっているんだと思う。そのせいか、みんな少しいつもよりわがままで、100%楽しむことしか考えていないように見える。

タッキーと一緒にいる空間は本当に居心地が良くて、このままずっと一緒にいれたらいいのにと思わず願いそうになるけれど、A.B.C-Zは既にデビュー組として歩きだしていて、彼らが動かないことには後もつかえてしまう。だから、彼らはもうタッキーからは卒業しないといけない。

最後にヒデアキはユウマに紀伊の海を任せて昇天していく。前に立つ存在がいなくなっても、残された者たちは革命を続けなければならない。
A.B.C-Zもタッキーとの思い出は青春の小箱につめるべき時が来たんだと思う。それは決して開いてはいけないもので、A.B.C-Zがもっとタッキーに対して自分たちを誇れる未来が来た時に初めて開くことを許される。
悲しくてさみしくてたまらないけれど、それを開いた時にきちんと美しい思い出が蘇るように、A.B.C-Zにはタッキーのもとから卒業して未来までずっと走りぬけてほしい。