愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

smartツアーについて思ったこと

完全にネタバレな上にあんまりほめていないので隠します。




今回のツアーのことをとても楽しみにしていた。5月の東京ドームでのコンサートは新しいジャンプを予感させるもので粗削りながら完成度が高いものだったし、その後発売されたアルバム「smart」もまとまりの良いもので、「smart」を引っ提げた初のアルバムツアー(デビューして7年目なのにアルバムツアーをしたことがないのがそもそも意味不明だが)ということで本人たちの意気込みも並々ならぬものがあり、更には新曲の「ウィークエンダー」が超絶最高で、楽しみにできない要素がまったくなかった。その結果できたコンサートのセットリストが以下の通り。

  • Ready Go
  • Come On A My House
  • SUPER DELICATE
  • Beat Line
  • OUR FUTURE
  • スクールデイズ〜Score
  • Just For You
  • RELOAD
  • Ride With Me
  • 瞳のスクリーン
  • OVER
  • Candle
  • Super Super Night
  • 愛すればもっとハッピーライフ
  • School Girl
  • ウィークエンダー
  • MC
  • 明日へのYELL
  • ゆーと叩いてみた。
  • コンパスローズ
  • Dash!!
  • Magic Power
  • Yes!
  • Oh!アイドル!
  • FOREVER
  • Come Back...?
  • 僕はVampire
  • Dreams Come True
  • Ultra Music Power
  • 明日へのYELL

<アンコール>

<ダブルアンコール>

  • Romeo&Juliet(大阪ラストのみ)


「Ready Go」から始まるのは新鮮で元気があってよかったし、カモナでばーっと盛り上がるのも楽しかった。ただ、そこからスパデリ〜Just for youで少し疑問が湧いて、その後も瞳スク〜OVER、Dash〜マジパ、ドリカム〜UMPあたりの流れに既視感がありまくりで、やっていないアルバム曲も複数あって、個人的に楽しみにしていた「パステル」や「My World」を削ってまで既存曲をそんなにやる必要があるのかと疑問と不満が募っていた。更に3日にアンコがAinoArika→冒険ライダー、ウィークエンダー→スクール革命へ変更となって、「JUMPは変わりたくない成長したくないというピーターパン症候群をコンサートで体現したいのだろうか?」という絶望感に打ちひしがれて、「まさか大阪ラストのダブルアンコはロミジュリじゃないよね?ここでくらいは新曲のウィークエンダーをやってくれるよね?」と思っていたら悪い意味で期待を裏切らずロミジュリで、もう呆れるを通り越して解脱したような気持ちになって、ジャンプに完成度の高いコンサートを求めること自体間違っていたんだという諦めの境地に達した。


このツアーのジャンプは本当に踊りまくりで、今までのライブの中でも一番大変なんじゃないかと思う。外周をなくしたことや、無音のダンスには「パフォーマンスで見せていきたい」というジャンプの思いを強く感じた。だけど、一方で「ファンの近くに行きたい」という思いも強く残っていて、その結果がセンステやバクステの多用だったんだと思うけど、その結果誰もが正面から見たいであろう「School Girl」なんかは、会場の半分以上の人間がメンバーの尻しか見えないという事態に発展しているし、サイドのステージも死角になる席が多いし、センステもアリーナ席だと見えない人も多いだろうし、全体的に思いが空回りしているように感じた。ファンの近くに行っているというより、近くにファンがいる場所でやっているだけで、木を見て森を見ず状態になっている気がした。苛立ちに任せて、「私、間違ってた。アルバム曲中心でやるからアルバムツアーなのではなく、アルバムを出した後に開催され、一曲でもアルバム曲をやったコンサートはみんなアルバムツアーなんだよ!アルバム曲を聞かないで行ったら知らない曲ばかり、みたいなコンサートは昭和のショーなんだよ!いつ行っても知ってる曲が流れているコンサートこそみんなに優しいコンサートで、それこそがJUMPが目指してるコンサートなんだね!アルバム曲全部やらないコンサートはアルバムツアーじゃないなんで昭和の価値観押しつけてごめんね!」なんて嫌味ったらしいツイもした。


帰りの新幹線の中でパンフレットを読んでいたら、演出や構成的に色んな冒険をしたドームコンを経て、みんながアルバムを引っ提げたツアーに対する意気込みを熱く語っていて、ますますなんでこんなコンサートになってしまったんだろうかと泣きそうになった。だけど、読んでいるとところどころ引っかかる部分もあった。一番引っかかったのはありたんのこの言葉。

ファンのみんながアルバムを聞いてきてくれてることを信じて、一緒に歌って、踊って、思いきり楽しい時間を過ごしたいなって思ってる。一方ではJUMPのライブが初めてで、アルバムも聞いてないっていう人もいるかもしれないから、そういう人たちを置いてけぼりにすることのないライブにもしたいしね。

この発言は衝撃的だった。アルバムツアーなのになんでアルバムを聞いてない人のことを考える必要があるのか。でも、このありたんの発言が今回のツアーの答えなんだと思った。「いつ行っても知ってる曲が流れているコンサートこそみんなに優しいコンサートで、それこそがJUMPが目指してるコンサートなんだね!」とやけくそで言ったことがわりと的を射ていた。たぶん、ジャンプは本気でそういう誰にでも優しい、誰も切り捨てないコンサートを目指しているんだと思う。ドームコンを見た諸先輩方に「全体に気を使ったコンサートにしろ」というアドバイスを受けたみたいだけど、そのあたりのことも素直に踏まえて新旧曲が入り混じり、センステバクステを多用したコンサートを作ったんだと思う。


結果的に今回のツアーは失敗していると思う。最近ジャンプを好きになった人はむしろ瞳スクやOVERなんて知らないだろうし、コンサートに来るくらいなら冠されているアルバムくらいは聞くだろう。というか、むしろアルバムしか聞かないだろう。嵐くらい売れていて一般人にもシングル曲が浸透していればいいんだろうけど、そんなことないジャンプにとって既存シングル曲の投入は逆効果だと思う。でも、「へぇ〜こんな曲もあるんだ〜」と思ってくれるかもしれないので、むしろ新規開拓になっているのかもしれない。

アンコ曲を今までの手垢がつきまくったものに差し替えたのは、今までのファンに対する「自分たちはこれからも変わらない」という彼らなりのメッセージだったのかもしれない。これも結果的にマンネリズムとしか思えなくて、やっぱり失敗しているし、近くに行きたいという思いが先走りすぎて死角になる人が多い場所で目玉曲を披露しているのも失敗で、失敗だらけなんだけど、何もかもジャンプの「誰も切り捨てたくない」という優しさに端を発しているのかと思うと、なんだか胸が詰まるような気持ちになってくる。

かつてエイトファンだった時、もともとオロミやマーメイドのような曲が好きだった私はエイトのコミック路線があまり受け入れられなくて、コンサートにも行かなくなってしまった。エイターという言葉にも馴染めなかった。そのことを思うと、このジャンプの変わらなさは驚異的ですらある。

結局アルバムツアーをしてもジャンプは変わってない。去年は朝ドラの『あまちゃん』にはまっていたんだけど、アキは成長しない主人公ということで話題になっていて、変わらないアキが周りを変えていく様子が痛快だった。ジャンプは成長はしていると思うけれど、変わってはいない。もしかしたらジャンプも変わらないことで何かを変えていくのかもしれない。

不平不満が多いわりに見ている間は楽しくて、良くも悪くも今までのジャンプコンだと思う。決して手放しで褒めることはできないんだけど、そうなった背景に彼らの優しさと素直さが詰まっているんだと思うと、ものすごく愛おしいツアーではある。