愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

入院1日目

右肺の潰れたレントゲンを見て脱力した。「気胸って何でなっちゃうんですか?」「色々。急に起き上がったり、寝返りでなる人もいるしね」 「入院ですよね」「入院だね」再び脱力した。

私は特に激しく寝返りをした記憶もなかったが、今月は仕事が忙しかったので、疲労が蓄積していたところに、週末の低気圧の影響で肺の薄い部分に穴が開いてしまったのではないかと思う。


とりあえず肺に負担をかけないために、車椅子が用意され、採血とCT撮影と心電図検査を行い、そのまま入院する病室へ連れて行かれた。合間に自宅に電話したが、もはや母も慣れており、「じゃあ手が空いたらいくわ〜」とのことだった。
気胸で入院しても即手術という訳ではない。事情によっては即手術を望む人もいるらしいが、一旦は胸腔ドレーンというものを入れて、肺が膨らむのを待つ。肺は例えるならガラス瓶の中で膨らんでいる風船のようなものらしい。肺に穴が開くとガラス瓶と風船の間に空気が溜まる。漏れた空気を外部から力をかけて抜いて、自然に肺が膨らんで穴が塞がれば治療は終了する。そこで膨らまなければ手術となる。

前に気胸になったのは、つばめグリルでメニューを見ていた時だった。メニューを見ながら前傾姿勢になっていて、起き上がった瞬間に強い痛みを感じて、苦しくて動けなくなった。しかし、しばらく深呼吸したら苦しさはなくなったので、そこから2週間は普通に働いていた。苦しさもあったが、単に仕事が辛いせいだと思っていた。胸のポコポコは飲み過ぎのせいだと思っていた。当時の私は完全なるアル中の社畜であった。
前回は2週間以上放置していたため、左の肺は完全に潰れており、胸腔ドレーンでも膨らまなかった。結局、手術になったのだが、思い出したくないくらいの辛さと痛みに彩られてるので、 今回は手術に至らないことを祈っている。


しかし、手術以前の胸腔ドレーンもめちゃくちゃ痛い。
まず、長さ13cmほどの人差し指くらいの管を胸腔に突き刺す。そして、管がずれないように皮膚に縫い付ける。その管をドレーンバッグという排気を促す機械(初演の滝沢革命のパンフより一回り大きい程度のサイズ)に取り付ける。

気胸が嫌なのは症状も治療もどれもこれもめちゃくちゃ痛くて苦しいことだ。先日心臓の手術もしたが、気胸に比べたら屁のかっぱだった。相葉ちゃんが2度の気胸で引退を考えた気持ちも分かる。 私ももう仕事辞めたい。


管入れは病室で行った。起こされたベッドの上に右手を挙げながら座り、汚れないように右胸の下に何枚も紙が敷かれる。そして、挿入部にマジックで印が付けられ、イソジンのようなもので念入りに消毒された後に患部だけ穴が開いた緑の布を被せられる。この布は感染症を防ぐために完全に滅菌されているので、この上に絶対に腕を落とすなと言われる。
それから麻酔を打たれるのだが、たぶん筋肉注射なので、これがまず痛い。私が痛い痛い言うので、多めに麻酔を打ってくれたようだ。
麻酔が効くのを待って、管を入れる。麻酔が効いていて、痛くはないのだが、強く押される感覚がとにかく苦しくて辛い。体内に異物を取り込むことはものすごい負担になるのだと思う。挿入自体は5分程度で終わるが、全身から脂汗が滲み出る。それから管がずれないように皮膚に縫い付けるのだが、この頃にはほんのり麻酔が切れ始めるので少し痛い。不快な異物をわざわざ縫い付けるという行為自体が嫌で仕方ない。ずっと右腕を上げているので痺れも来る。それを訴えると、控えていた看護師さんが腕をおさえてくれた。

処置が終わるとひたすら安静にするのみ。絶え間なく心拍数と脈拍と呼吸を測るため、心電送信機というものが付けられる。心電図検査の時のようなコード付きのシールを胸に3箇所貼り、指には常に酸素濃度測定の洗濯ばさみみたいなものを挟んでおく。機械はパスポートくらいのサイズなので、動くときは胸にぶら下げる。ちょっとしたデジタリアン気分である。
しかし、本当の苦しみはここからやってくる。麻酔が切れると同時に、管を刺したところが猛烈に痛くなる。長い管が刺さっているため、少し動いただけでも背中に激痛が走る。それが大体2〜3日続く。全身が熱くて寒い。刺さっている半身が重くて、胸の中に冷たい剣山を埋め込まれているような鋭い痛みに絶え間なく襲われる。一応ロキソニンを処方されるがあまり効かない。ただ私はロキソニンを飲むと眠くなるので、眠って誤魔化すことはできる。しかし、2時間もすれば痛みで目が覚めてしまう。ロキソニンは最低でも4時間は間を開ければならないので、ただベッドの上で痛みに耐えるしかない。

ランボー3という映画の中で、ランボーの胴に木が貫通し、それを引っこ抜いたランボーが傷口に火薬を詰め込み爆発させて止血するというワイルド極まりない処置をしていたが、そんなこと私には絶対にできない……となんとなくランボーのことを考えながら地獄のような痛みにひたすら耐えるしかないのであった。