愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

サマリーで得たもの

昨日と今日、行く予定のなかったサマリーに行ってきました。実際に目で見て確かめたかったからです。何を確かめたかったのかは自分でもよく分かりません。今回の人事はプラスの人事である、という意見は変わりません。それでも何かを確かめたかった。




30日の最後の曲の時、戸塚さんはハッシーをおんぶして登場し、一気にメインステージを駆け抜けました。そのままステージ正面の前の方で少し遊んだあと、ハッシーを下ろして、その頭をぽんぽんと撫でてあげていました。その光景を見ていたら、なぜだか泣けてきました。今日来て、この光景が見られて良かったと思いました。


あの事務所のことだから、今回ユニット名まで変えておいて、10月・11月のコンサートが終わったら「A.B.C-Z?何それ?食えんの?」なんて勢いで、何事もなかったかのようにA.B.C.は4人になっているかもしれません。けれども、もしこれからずっと5人でやっていくことになるのであれば、私は30日のこの光景を心の原風景にしようと思いました。それくらい戸塚さんとハッシーのやりとりは幸福に満ちた光景でした。


頭で理解するということと、心で理解するということは違っていて、「ABCはもともと5人組で、五関さんだって後から入った人なんだから、ハッシーを否定するということは五関さんを否定することにも繋がるわけで、今の4人が好きだからこそ、今回のことを否定するのはおかしい。しかもハッシーなら人材として申し分ないし、ユニットとしての今後を考えるときっとプラスに働く要素の方が多い」というのが私個人の理性の部分の考えで、この意見はゆるぐことはないと思います。けれども、そうは思っていても、分かっていても、その一方で「怒涛の馬車馬時代はこの4人で走り抜けたわけで、そこを経てできあがった今の4人の形が崩れてしまうのはいやだ」と思う部分もやっぱりあるんです。だって今が好きだし、安定もしているんだから、現状を維持していればいいじゃんと思っちゃいますよ。冬の朝、誰が好んでぬくまった布団から出たいと思うものか。


けれども、戸塚さんとハッシーのやりとりを見ていて、なぜかモーニング娘。辻ちゃんが入ったとき、教育係になった飯田さんが16ビートの歩き方を教えているのを思い出して、私がかつてモーニング娘。に抱いていた日向湯のような多幸感がふわっと蘇ってきて、「これなら大丈夫だな」と思えたんです。そして、改めてこの人たちを応援するっきゃない-Zと思いました。よく考えたら、ハッシーこそ不安でいっぱいだよね。今日は「お荷物にならないようにがんばります」と言っていて、きゅんとしました。ABCのことが大好きなら、なんかもうそれだけでいいよ。


というわけで、やっぱり推すしかないと再確認したんですけど、一つだけひっかかること、というかお人がいて、このことに関しては私には何も言えない、というかA.B.C-Zを推すと決めてしまった以上、言う権利がない気がして、なんというか名前すら出すのも申し訳ないというか、申し訳ないという感情自体おこがましいというか、今日もたびたび遠い目をしていたような気がして勝手にやるせなく思ったり、嗚呼でもやるせないと思うこと自体が……となんかもうぐるぐるしてしまって、とにかく私には何も言えないのですが、言えないのですが、私はユーのことも大好きだよ!!とだけ言いたい。私に好かれたって何にもならないんだけど……。


ジュニアって何なんでしょうね。みんなに幸せになって欲しいだけなんだけどなぁ、難しいなぁ。