愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

リアデラが好きすぎてバカみたい

『REAL DX』には私がジュニアに求めているものがすべて詰まっている。本当に何一つ余すことなく詰まってる。この頃のジュニアの曲には妙にスケールがでかくてハッタリの利いた曲が多い。『世界が僕らを待っている』や『この星で生まれて』なんて「僕」あるいは「僕ら」という個人的な単位を世界レベル・惑星レベルでしれっと歌ってしまっているのだ。それでもその歌詞が単なるハッタリには聞こえない勢いが当時のジュニアにはあった。これは『恋愛レボリューション21』〜『そうだ!We're ALIVE』の頃の娘。にもあったもので、歌い手と時代が凄まじいシンクロ率で合致した時だけに生まれる説得力なんだと思う。『世界が僕らを待っている』なんて半端な人が歌ったら「待ってねーよ」って言葉で一蹴されてしまうに違いない(まぁファンじゃない人はそんな言葉で一蹴してしまうんだろうけど…)。


個人的にジャニーズの中でもっとも時代に愛されたユニットはKinKi Kidsだと思う(スマさんは違うのよ。理由はおいおい。って絶対書かなそうだが)。彼らと時代のシンクロ率が頂点に達した曲が『フラワー』だ。普通「僕らは愛の花咲かそうよ」なんて歌ってたら「勝手に咲かせてろよ」と思ってしまうのだが、あの頃のキンキの歌う「僕ら」という言葉の中には「世界」を包括する勢いと説得力があった。ややマニアックなところでは『ROCKET MAN』もそうかな。アイドルという職業を宇宙飛行士に例えた曲(なんかもうこの時点ですごい。作詞は相田毅さん。やっぱ天才だ(笑))で、「銀河」とか「近未来」とか行ってるのに悩みは「ビデオが留守録でいっぱい デートもできない」なんて超個人的なことだからね。すごいテンションだと思う。本人達は至って低血圧な方々なのに。


話をジュニアに戻す。「時代」とシンクロしたジュニアハッタリ曲の頂点に君臨するのが『REAL DX』だと思う。「時代が呼んでいるよ」なんて自分で歌っちゃっているのだが、タッキーと翼がジュニアを引きつれて歌うと尋常じゃない説得力がある。「世界中の奇跡をかき集めてきたのさ」という言葉に「ですよねぇ」と頭の悪い相槌を打たざるを得ない。「俺」という一人称には「世界」どころか「宇宙」的な広がりすら感じる。ジュール・ヴェルヌの小説に『月世界へ行く』という作品がある。大きな大砲に乗って月へ行こうというめちゃくちゃな話なのだが、妙な勢いとリアリティがあって「できないことはないのかも…」という気分にさせられる。『REAL DX』にも同じ様な勢いとリアリティ(REALとか歌詞にあるしね)がある。この曲には大砲に乗って宇宙に行くくらいのことは平気でやってしまいそうな勢いが弾けまくっているのだ。こんなにときめきとかわくわくが濃密に詰まった空間はこの曲以外では感じたことがない。


ただどんなユニットでもグループでも個人でも時代とシンクロし続けることは難しい。何故なら人も時代も絶え間なく変わっていくものだからだ。一度交わった直線がもう二度と交わらないのと同じく、一度交わった時代とはもう二度と交わらない。尾崎豊のように交わった瞬間に時を止めてしまうか、歌い手が相当変な線を新たに伸ばし始めない限り不可能なのだ。ただその時の熱は曲に残る。その熱を感じた人の心にも残る。だから私は『REAL DX』を聞くといつでもジュニアを初めて好きになった時のような熱が蘇ってしまって、柄にもなく風間さんにもえもえしてしまうのである。


ってこんなん書いてる場合じゃねー!(泣)

引用
『フラワー』 作詞:HAL 作曲:HAL/音妃
『ROCKET MAN』 作詞:相田毅 作曲:西川進
『REAL DX』 作詞:くまのきよみ 作曲:SHINYA KIMURA