愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

ロシア旅行(1)(成田〜ドバイ〜サンクトペテルブルグ)

7泊8日のドバイ経由ロシア旅行の記録。
時間は現地時間、ロシアの時差は日本-5時間で、ドバイとロシアに時差はなし。


8/19、22:00。成田出発。私は国内線だろうが国外線だろうが飛行機に乗ると異常なまでの眠気に襲われる。文系の私には飛行機の飛ぶ原理が本質的に理解できていないので、たぶん理解不能なものに対する恐怖のあまり失神しているんだと思う。だが、今回は失神するわけには行かなかった。なぜなら今回の旅の目的がドストエフスキーであるにも関わらず、私の再読計画がまったく進んでいなかったからである。
というわけで、持参した『罪と罰』の上巻を飛行機の恐怖に耐えながらひたすら読んでいた。……が、結局失神したように眠ってしまい、読書は100ページほどしか進まなかった。機内食を食べたらしいがあまり覚えてない。


8/20、3:50。気付いたらドバイに着いていた。


エレベーター。テンションが高い。このエレベーターには開閉ボタンも目的地ボタンもなかった。ただ、時間が来ると勝手に開き、乗ってしばらく待っていると勝手に上がるなり下がるなりする。エレベーターに乗るとついつい閉めるボタンを探しているせっかちな現代人に「もっとのんびり生きなよ」と呼びかけているような気もする。
そういえば前に山田くんが行きたい国にドバイを挙げていた。まだ10代そこそこの山田くんがドバイという世界有数のリゾート地に行きたがっていたという点にはザ・成り上がりの山田くんらしいヤンキースピリッツが見え隠れし微笑ましい一方で、なんだか子供らしくなくて切なくもある。


入国ゲートを通過してからのにぎわいに驚いた。
ドバイ空港にはほぼ5分刻みで各国から飛行機が到着する。ドバイ自体がリゾート地であり、そこを目的地にしている人も多いだろうが、同時に世界へ旅立つ人たちの中継地にもなっている。もはやトランスファー客相手の商売がこの空港の大きな収入源になっているのではないかとすら思う。ターミナルは広大で、時折おいている看板には店の細かい情報ではなく、そこまで行くのに何分かかるかという所要時間が書かれていた。久保田早紀の「異邦人」を口ずさみながら歩いた。


アラビア語のスタバ。


やはり機内食を満足に食べていなかったようで、お腹が空いたのでそのへんのファーストフード店に入る。表記は基本的には現地通貨だったけど、米ドルも使えた。米ドルをロシアに着いてからルーブルに変えるつもりだったので、手持ちのドルで購入。ドルで買うと若干手数料が上乗せされる。その基準は店ごとに違うみたいだった。


サンドウィッチとコーラを買ったら、味が薄くてやたらと脂っこいポテトチップスがついてきた。なんというか、サービスが大雑把だ。


食べたらトイレ。一応画像は小さめにしておく。

トイレにはシャワーがついていた。中学生の時、イスラム圏やインドではお尻を水と左手で拭く(洗う)と先生から聞いたことがある。だから、左手は不浄の手なんだそうだ。そういう時に使うシャワーなのかもしれない。


ちなみにトイレはTOTOだった。世界の中心でひっそりと輝く日本の技術。漢字のままなのに笑った。


トランスファーに要した時間はおよそ7時間。腹が膨れ、飛行機で爆睡して眠くもなかったので、ベンチに座って『罪と罰』をひたすら読む。
一息ついた時に、隣りにいた黒人のお兄さんに「もしかしてサンクトペテルブルグに行くのか?」と英語で話しかけられた。「そうだ」と答えると「俺も」と言いながら飛行機のチケットを見せられた。「ゲートのナンバーを知ってるか?」と聞かれたが、チケットには記載されておらず、電光掲示板をチェックした時にもまだ表示されてなかったので「知らない」と答えたら、「○○番だよ」とナンバーを教えてくれた。いたずらだったらどうしようかと思ったけど、ちゃんと合ってた。なんでロシアに行くのが分かったんだろうと思ったけど、こんなの読んでたらバレバレだと後から気付いた。

黒人のお兄さんは友達と合流してそのまま行ってしまった。暇つぶしで声をかけられたのかもしれない。飛行機で会うかなと思ったけど、それっきりこのお兄さんとは会わなかった。
そんなこんなでほぼ上巻を読み終えたところで、サンクトペテルブルグ行きの飛行機の搭乗時間となった。


8/20、10:25。ドバイ出発。ゲートをくぐってもすぐに飛行機には乗れず、飛行場までバスで15分ほど運ばれた。

一瞬だけ外に出たけれど、ものすごく暑かった。灼熱だった。山田くんに「アジアの夜」を踊って欲しいと思った。もう朝だったけど。

羽根が邪魔で風景が見辛い。でも、雲の上を飛んでいるのは気持ち良い。気付けば飛行機に対する恐怖心が薄まっていた。

飛行機に乗るとすぐに軽食が出た。『罪と罰』を半分読み終わりテンションが上がっていたのでバドワイザーを頼んだ。

時間を置かずに機内食も出た。今度はハイネケンを飲んだ。ハイテンションのまま下巻を読みきりたかったが、ビール2缶がたたったのか急激に眠くなり、再び失神するように眠ってしまった。それでも下巻の半分くらいは読んでいたと思う。


罪と罰』の内容を端的に説明すると、貧しい青年ラスコーリニコフが金貸しの老婆とその妹を殺し、ひたすら懊悩しているだけの物語なのだが、ドストエフスキーの長編の中でも展開がスピーディーで読みやすい。江戸川乱歩はこの小説を優れた犯罪小説として評価していたらしく、確かに初期の乱歩作品の人間心理の隙間をついたような作風にはどことなく同じ匂いを感じる。高尚な文学だと思っている人も多いと思うけれど、ラスコーリニコフは結局はただの中二病だし(ただし「おどろくほどの美青年(原文ママ)」)、ロリコンのひどいおっさんが出てくれば飲んだくれのどうしようもないおっさんも出てくるし、ちょっとしたロマンスもあれば手に汗握る心理戦もあったりして、とにかく面白い。
この小説の中でラスコーリニコフはとにかく街中を徘徊している。体調が悪い癖にちょっと目を離すとすぐにうだうだ悩みながら徘徊し、立ち止まってブツブツつぶやき、疲れたらそのへんの草むらで寝て、またうろうろしている。はっきり言って、イケメンでなかったらただの変人だ。今回読み返してみて、この小説はラスコーリニコフがイケメンじゃなかったら成り立たないんじゃないかとかなり本気で思った。そして、そんなところが少し戸塚さんに重なって思えたりした。戸塚さんのあの性格はあの美しい容姿に宿るからこそ意味がある気がする。


そんなイケメンの変人ことラスコーリニコフが始終うろうろしている街こそ、最初の目的地サンクトペテルブルグ
ドバイからおよそ6時間半の空路を経て、ペテルブルグ市内の空港・プルコヴォ空港にようやく到着する。現地はすでに夕方だった。