愚民159

人はただ十二三より十五六さかり過ぐれば花に山風

終わらない砂時計

11月になりました。知念様が17歳でいるのもあと1ヶ月です。

知念様の成長に伴う喪失感については去年散々語りつくしてしまったので、今更言うことはありません。私にとって知念様が17歳になることは、砂時計をひっくり返すことでした。返した瞬間、砂は落ち始めます。絶え間なく確実に。その砂が落ちきってしまう時に、自分の中の何かも終わってしまう気がしていました。だから、私は砂時計を逆さにすることが怖かった。終わりが始まってしまうのが怖かった。

去年、知念様の成長に対してはなんとか折り合いをつけたものの、やっぱり心のどこかでは抗っていたのか、この1年間、何度となく知念様ファンじゃなくなったらどうしようということを考えていました。だけど、実際にはそんな気配はまったくなく、知念様の愚民になって早2年半が経とうとしていますが、いつだって今の瞬間が最高潮に好きというオールウェイズクライマックス状態が続いています。自分でも少し異常な気がしています。

砂時計を返して、確かにその砂はもうすぐすべて落ちようとしています。だけど、今の勢いだと、落ち切った瞬間にもう一度ひっくり返せそうです。砂時計は確かに砂が絶え間なく落ちていくものだけど、自分に返す意志さえあれば、半永久的に続いていくものなんです。

とは言っても、私の中で17歳という年齢はやはり特別な時期でした。
前にもまったく同じことを書いたのですが、改めて思います。たぶん私は17歳の知念様を全力で追い掛けるために、2009年3月21日のセブンコンで知念様を発見したんだと思います。私にとって「知念様」は発見でした。ずっと「知念くん」のことを知ってはいたのです。ただ、見つけていなかった。「おおきくな〜れ☆ボク!!」を聴いて、私は「知念様」を発見しました。そこから、私の知念様探究の道が始まりました。知念様を見出し、自分の中で咀嚼するためには時間が必要でした。
たぶん声変わり前の知念様を好きになっていたのでは、早すぎたのです。かと言って、17歳前夜の知念様を好きになっていたのでは遅すぎたんです。

というわけで、この1ヶ月、知念様の18歳を全力で祝うために、17歳の知念様について毎日語っていきたいと思います。少しでも多く、17歳の知念様がいかに素晴らしかったかということを写し取っておきたいです。


あと、この1年間、知念様の素敵さに惑わされながら、ずっと去年のアンケートのお礼ができていないことが心に引っかかっていました。できたら知念様のお誕生日までにはお礼をしたいです……が、これは無理かもしれません……できないことをするというのはやめようと思ったので、今年はアンケートはやりません……。